第24話 パン窯と屋台


「すみません、元親方さんはおりますか?」


「はい、今お呼びしますね。……もしかしてソーマ様でいらっしゃいますか?」


「あ、はい。そうです」


「おお、あなた様が噂の! お会いできて本当に光栄です。握手していただいてもよろしいでしょうか!」


「……ええ、もちろん構いませんよ」


「うわあ、ありがとうございます!」


 右手を差し出すと両手でぎゅっと握られた。握手を求められるとか初めての経験だよ……あと贅沢を言えば、握手をするなら女の人の手がよかった。この工房の受付は、悲しいことに男の人であった。




「いやあ、ソーマ様、わざわざ出向いてもらってありがとうございます。今日はどうしたんですか? 仮で建てた治療所になにかありましたか?」


 そう、街でも一二を争うほどの大きな鍛冶屋。そしてここの鍛冶屋の元親方であるデルガルトさんは俺が先日回復魔法で腕を治療し、そのお礼に仮の治療所を作ってくれたドワーフさんだった。


 まさかこんな大きな鍛冶屋の元親方さんだったとは……。先日の怪我でちょうどよい機会だと、この工房の親方を引退して、彼女の娘さんに今の親方を譲ったらしい。怪我は治ったが、親方自体は娘さんに譲ったまま、元親方として戻ったようだ。


「いえ、治療所のほうはまったく問題ありません。あんなに立派な建物を建ててくれて本当にありがとうございました。その後のお怪我の様子はいかがですか?」


「ええ、以前よりも調子がいいくらいですよ! ソーマ様がこの腕を治してくださらなかったら、今でも私は槌を持つことすらできずに、ただ朽ちていくだけの老ぼれになっていたでしょうからな!」


「怪我が治って本当によかったです。でもデルガルトさんは怪我が治ってから、あまり時間が経っていないのでもう少し安静にしていてくださいね。


 今日は別のお願いがあってきました。あの……こんなことを一流の職人さんに頼んでよいのかわからないのですが、パン窯の制作とパンを販売するための屋台の製作をお願いしたいです。……えっと、もし失礼な依頼でしたら全然断ってくれていいですからね!」


「何を仰いますか! この依頼ぜひ私達の工房にお任せください! 最高のパン窯に屋台を作って見せましょう!」


 あ、依頼するのはいいのか。さすがに以前に治療をしたから、そんなもん依頼するとかなめとんのかワレ、みたいに言われることはないと思ってはいたが、やんわりと断られると思っていた。それにそこまで立派なパン窯や販売用の屋台はいらないんだけどな。


「それでいつまでにいくつ作ればよろしいのですか? 3日以内にどちらも10程度は作れると思いますが」


「いえいえ、そんなにはいらないです! どちらも3つずつお願いします。それにそれほど急ぎではないので、今ある依頼が終わってからで構いません。順番はちゃんと守りますから!」


 さすがにそこまで特別扱いはしてもらわないで大丈夫だ。有名な鍛冶屋なら依頼もいっぱいあるだろうし、治療士の立場を利用して優先してもらわないでいい。仮にそれが予約で数年待ちとかになるなら、他の工房にお願いするつもりだ。


「はっはっは、ソーマ様は相変わらずお優しいですな。安心してくだされ、私はすでに引退した身で、今は自由に好きな物を作っておるのです。多少は元弟子達に手伝ってもらうかもしれませんが、他の依頼には影響の出ない範囲にしておきます」


「そうなんですね。わかりました、よろしくお願いします」


 その後、デルガルトさんとパン窯と販売用屋台の詳細について話し合った。パン窯についてはマーヴィンさんからどのような窯がよいかを確認していたので、それを基にデルガルトさんにお任せした。


 屋台については基本的に孤児院の子供達が販売することも伝え、子供達の手の届く高さで軽い物をお願いした。販売場所は基本的には孤児院の前にする予定なので、派手なものよりも耐久性に優れた屋台にしてもらう予定だ。


「それくらいなら私だけでもすぐにできそうですな。2日以内に作ってみせますよ!」


「デルガルトさんはまだ数日前に治療したばかりなので、あと数日は安静にしていてください。どちらにしろパンのほうも売り物ができるまで、少し時間がかかるから大丈夫ですよ」


「おっと、そうでしたね。わかりました、後数日は大人しくしておきましょう。それとお代のほうは結構です。これで少しでも腕の治療のお礼にもなればと思います」


「いやいや、これは正式な依頼なんですから、依頼料はちゃんと払わせてください。ただでさえ、デルガルトさんにはあんな立派な治療所を建てていただきましたし!」


「いえいえ、ソーマ様は分かっておりません! 槌を握ることができなくなったドワーフの職人である私が、どれほどの絶望の底に沈んでいたかを! はっきり言って死んでいたも同義でした。それを治療してもらったのです。これは命を救ってもらったも同義でございます。命の恩人にすべてを尽くそうとするのは当然でしょう!」


 ……俺はただ単純に怪我を治していっただけだと思っていたけれど、心の底から救われたと思ってくれる人がいたのか。それだけで俺は本当に嬉しい!


「……デルガルトさんの気持ちは分かりました。そんなふうに思ってくれて俺も嬉しい限りです。ですが、その時の治療費はしっかりもらいましたし、それ以上は受け取らないと決めております。本当にお金がない時には助けてもらいたいと思いますが、今はお金があるので、ちゃんと対価を払わせてください」

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