第23話 パン職人の確保


「こんにちは」


「はい、いらっしゃい。……ってその黒髪、あなた様は最近街で噂の男神様ではありませんか!? どどど、どうしてこんなちんけな店に!?」


 ……どうやら悲しいことに、俺の噂はかなりの範囲まで広がっているらしい。


「初めまして、ソーマと申します。あの、ドルディアさんでしょうか?」


「ははは、はい! このしがない場末のさびれたパン屋になんの御用でしょうか!?」


 ……なんかものすごい腰の低い店長さんだな。ドルディアさんは40〜50代の少しふっくらとした女性だった。


 確かにそれほど大きな店ではないが、そこまで言うほどボロい店というわけでもないし、店内も掃除が行き届いている。


「孤児院の院長をしているマーヴィンさんからの紹介で来ました。あの、少しご相談したいことがあります」


「は、はい! ここ、こんな場所ではあれですので、まずは中へどうぞ!」




 パン屋の奥にある従業員用らしき部屋に案内してもらった。こちらはエルミー達を含めて4人もいるので、少し手狭ではあった。


「そそ、それで男神様が直々にご相談したいこととはなんでしょう?」


「単刀直入にいいますと、新しいパンの作り方を教えますので、その代わりに職人さんをひとり貸してほしいのです」


「あ、新しいパンですか?」


「はい、これが今日焼いてきたパンになります。パンの焼き方については素人なので、そのあたりはご容赦ください」


 朝にパーティハウスで試しに焼いてきたパンの中で、一番良さそうな物を選んで持ってきた。


「はあ、男神様がパンを……それでは失礼して……んん!? こ、これはなんて柔らかさだ! 本当にこれはパンなのですか!?」


「はい。このパンは普通のパンの材料にある物を加えるだけでこのように柔らかく大きく膨らみます。材料費もほとんどかからずに、今お店で出されているパンを改良できるようになります」


「こ、これは素晴らしいです! こんな柔らかくて美味しいパンは見たことがない。このままでも十分に商売にできるパンですよ!」


「本職の方にそう言ってもらえますと、俺も自信が出てきました。こちらの技術を教える代わりに職人さんをひとり貸していただいて、孤児院の人達が自分でパンを焼けるようになるまでの間、パンの焼き方を教えてほしいのです」


「は、はあ……それくらいでしたら願ってもいないお話なのですが、どうしてわざわざ私共の小さなパン屋にお声を?」


「マーヴィンさんからドルディアさんのお店のパンは仕事が丁寧で美味しいと聞いていましたし、たまに孤児院の子供達にパンを寄付してくれていることも聞きました。一緒に新しい仕事をするならそういう方と一緒にしたいと思っています」


 本音を言うと一番の条件としてそれほど大きくないパン屋ということがあげられた。新しいパンとして売り出す際に、街で一番大きなパン屋に作り方を教えてしまうと孤児院で売るパンがまったく売れなくなってしまう。


 少し言い方は悪いが、それほど大きくないパン屋さんがよかったのだ。ここに来る前に孤児院に寄って、孤児院でパンを作って売ることの許可を取った際に、院長さんやミーナさんにちょうどよいパン屋さんはないか聞いてみた。


 その結果、たまに孤児院にパンを寄付してくれるこのお店が、条件に当てはまっていると教えてもらった。せっかく新しいパンを教えるなら、そういう善行をしている人達に教えたほうがいいものな。


「な、なるほど。これはあとでマーヴィンさんにお礼を言っておかねばなりませんね! ありがとうございます、喜んでその話をお受け致します!」


「ありがとうございます! これからどうぞよろしくお願いしますね!」


 ドルディアさんと握手を交わす。これで職人の確保は大丈夫そうだ。




 そのあとマーヴィンさんには俺が作った天然酵母液を渡して、酵母液の作り方やパンの発酵についてを教えた。孤児院でパンを焼く環境が整うまでに、いろいろと試してみるそうだ。


 様々な果物やパンを発酵させる時間などを試してみて、俺が試作してみたパンをさらに改良してくれる。素人で知識しかなかった俺よりも、さらに美味しいパンを作ってくれるだろう。


 さて、パンのことはマーヴィンさんに任せて、俺達はパンを焼く窯と孤児院の前でパンの販売を行うための準備をするとしよう。




「……これは壮観だな」


 この街にやってきて、いろいろな建物を見てきたが、そこは冒険者ギルドの次に大きな建物であった。そして冒険者ギルドにはなかった大きな煙突から、モクモクと黒い煙が空へと昇っていく。


「この辺りで一二を争うほど大きな鍛冶屋であるデルガルト工房だ。武器や防具の他にも様々な注文を受けている」


「俺のこの大盾もここで作ってもらったんだぜ!」


「この街でも有名。仕事はきっちりこなすと評判」


「とりあえず来てみたはいいけど、やっぱりやめない? どう見てもパン窯の作成を依頼するような場所じゃないと思うんだけど……」


 どう見ても場違い感が半端じゃない。デルガルト工房に入るお客さんは冒険者ばかりだ。それも戦いにど素人の俺でもわかるくらい強そうな冒険者達が店の中に入っていく。


 少なくとも、すんませんパン窯ひとつおなしゃす……みたいな雰囲気では絶対にないよなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る