第22話 天然酵母パン


 いきなり貴族であるレイチェル伯爵がやってくるという事態があったが、それ以外は大きな問題もなく、この世界に来てから1週間が過ぎた。


 そして今日、治療所は休みとなっている。普段の治療所は昼前から夕方までと、実際に治療所にいる時間はそれほど長くはないのだが、やはり一日中休みという日はほしい。


 もちろん緊急の怪我人が来る可能性もあるので、その場合はパーティハウスに冒険者ギルドの人から連絡が来る手筈となっている。実際に昨日は夜中に緊急の患者さんがやってきたからな。


「おっ、いい感じに膨らんでいるみたいだ」


「昨日からいろいろとやっているようだが、いったい何を作っているんだ?」


「ああ、これはを作っているんだ」


「パン?」


 そう、実はこの世界に来た次の日からいろいろと試していたことがある。この世界の主食は基本的にはパンになるのだが、そのパンがすべて固いのだ。他の国や街ではわからないのだが、少なくともこの街で販売されているパンは固いパンだけだ。


 元の世界の食生活に慣れている俺にとって毎食このパンを食べるのは厳しいと思い、すぐにパンの改善の準備を始めた。そう、ないならば作ってしまえばいいと考えたわけだ。


「よし、あとは叩いてガスを抜いて二次発酵をしたあとに焼き上げれば完成だな」


 治療をしてもらった金貨を使い、市場で様々な果物と土でできた瓶をいくつか買ってきた。煮沸して消毒し、浄化魔法をかけた瓶に一度沸騰してから冷ました水と切った果物と少量の砂糖を入れて蓋をしておく。毎日朝と夜に少しだけかき混ぜるのを繰り返すと、5〜6日後にはシュワシュワとした白い泡が出てくるようになる。これで天然酵母の完成である。


 実際にはいろんな種類の果物と様々な分量で試してみたのだが、変な匂いがしたり泡が出なかったりと、うまくいってそうなのは1/3くらいだけだった。


 昨日の夜に小麦粉と塩、砂糖、牛乳に加えて完成した天然酵母液を混ぜた生地をこねて作り、朝まで置いておいたのだ。昨日の夜よりも大きく膨らんでいたので、一度叩いてガスを抜き、そこからまた数時間置いて二次発酵をしている。


「フロラ、それじゃあ頼む」


「任せて」


 そして出来上がった生地をオーブンに入れる。ちなみにオーブンはまったく使っていない様子だったので、空いた時間に念入りに掃除しておいた。


 そのオーブンをフロラの火魔法で一気に加熱して、火加減を見ながらパンを焼き上げる。


「よしよし、見た目はうまくいっているぞ」


「おっ、うまそうな匂いだな」


「普通のパンよりも少しふっくらとしているな」


「食べてみてどれが一番美味しかったか、感想を教えてよ」


 一番ふっくらと大きくなっているパンをちぎって食べてみる。


「うん、十分いけるな!」


 当然元の世界のふっくらとして良い香りと味のパンには及ばないが、少なくとも食感に関してはだいぶ改善されている。焼き立て補正があるとしても、普段食べているカチカチパンよりは上だろう。


「おお! いつものパンよりも柔らかくてうまいぞ!」


「なんだこれ!? 毎日食っているパンとは別物じゃねえか!」


「っ!? 柔らかくて美味しい」


 ふむふむ、こっちのやつもなかなかだな。確かこっちはリンゴみたいな果物で作った酵母のパンだな。さっきのはブドウみたいな果物で作った酵母のパンだ。今のところはこの2つがふっくらと焼き上がって美味しいかな。


「このパンを売り物にしようと思っているんだけど、みんなはこのパン売れると思う?」


「ああ、間違いなく売れるぞ! 多少高くても私なら買う!」


「俺もだな。倍の価格でも買うぜ!」


「私も買う。これは美味しい」


 反応はなかなかのようだ。それに価格ならそれほど上がらない。果物の値段もそれほど高いわけではないし、ひとつで結構な量のパンが焼けるから、せいぜい上がったとしても1割くらいだ。


「このパンを孤児院で焼けるようにしたいんだけど、いろいろと手伝ってくれないかな」


 少し前からリーチェがいた孤児院だけでなく、この街にある他の2つの孤児院にも行ってみた。リーチェがいた孤児院よりも多少はマシだったとはいえ、どこの孤児院の子供達も満足にご飯が食べられていないようで、どの子も少し痩せていた。


 このまま俺が食料やお金を寄付し続けてもいいんだが、この先どうなるか分からない。そろそろギルドマスターが王都に出した手紙が戻ってくるらしいから、その返答次第ではどこか別の街に行く必要があるかもしれない。


 自分達で働いてお金を稼げるようになるのが一番いい。ついでにうちでも孤児院で焼いたパンを食べられるようになって一石二鳥だ。料理は好きだが、さすがに毎日パンを焼くのは面倒だからな。


「ああ、もちろんだ!」


「任せておけ!」


「頑張る!」


 よし、午後は市場に行って必要な物と人を集めるとしよう。少なくともパン作りの素人の俺ではいろいろと限界があるので、パンを作れる人が必要だ。


 それと孤児院に石窯を作るのと、移動販売できるような屋台もほしいところだ。

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