第20話 男のツンデレ
「ち、ちくしょう!」
「無駄だ!」
「なにっ!?」
嘘をついていた女性は治療所から逃げようと、こちらに背を向けて一目散に治療所の外に走り出した。
しかし、俺の側にいたはずのエルミーがいつの間にか治療所の出口に回り込み、その女性を取り押さえた。俺の目にはエルミーが消えて、いきなり治療所の入り口に移動したようにしか見えなかった。
「くそったれが!」
そのままエルミーが嘘をついていた女性を地面に拘束した。
「おいおい、これは一体なんの騒ぎだい?」
隣にある冒険者ギルドからも、騒ぎを聞いたギルドマスターがやってきた。
「ギルドマスター! こいつはこの街のもうひとりの治療士に依頼されてソーマを襲おうとし、治療所の悪評を広めようとしていた」
「ち、違え! 俺はそんなことしようとしてねえ!」
「これも嘘」
「ちくしょう、ちげえ! そいつのほうが嘘を言っているんだよ!」
……おう、フロラの嘘を見破る力は強すぎるだろ。そう、これがフロラのジョブである『精霊使い』の力である。このジョブは普通の人には見えない精霊の力を借りることができるらしい。
主に魔法の威力が向上し、精霊にお願いして人の嘘を見抜くことが可能となるらしい。たまに犯罪者の尋問の手伝いもしているとのことだ。治療士ほどではないが、非常に珍しいジョブだと聞いた。
「なるほど、もうソーマの噂を聞いてちょっかいを出してきたのか……このまま憲兵に突き出しても、すぐに裏から手を回されて釈放されるか始末されるのがオチだろうね。
いったん冒険者ギルドで尋問してから憲兵に連れていくよ。フロラ、悪いがちょっと手を貸してくれるかい?」
「もちろん!」
……裏から手を回して釈放とか始末とか、話がだいぶ物騒になってきたな。というか例の治療士はそこまで権力があるのか。いや、このあたりで唯一の治療士であるということは、ある意味そいつに命を握られていることと同義になるわけだもんな。
「よし、それではこいつを連行する」
「ちくしょう、俺は何も喋らねえからな!」
「大丈夫、口を割らすことは慣れている」
……おう、たまに出る黒いフロラの笑顔が怖い。あ、でもその前に俺もやることがある。
「ちょっと待ってください」
「ん、どうしたんだソーマ殿」
「おいソーマ、拘束されているとはいえ、こいつは何をするか分からねえぞ!」
フェリスが治療士の手下と思われる女性に近付く俺の前に出てくれる。うん、彼女がいるなら俺も安心して近付けるよ。
「……なんだよ。まだ俺に何か用があんのかよ。痛っ!?」
「やっぱり……お腹の怪我は本当の傷なんですね」
お腹に巻いてあった血の滲んだ包帯をずらすと、そこには本当の切り傷があった。さすがに無傷では何かあった時に言い訳できないだろうから、自分でわざわざ傷を付けたのだろう。
「ヒール!」
「はあ!?」
「ソーマ殿、なぜ!?」
「ソーマ、なんでこんなやつを!?」
俺が回復魔法を唱えるとお腹の傷はたちまち消えていった。元々大きな傷でもなかったし、これで命に関わるなんてことはないだろう。
「……おい、なんで俺なんかを治療した?」
「勘違いしないでください。あなたが死んでしまっては証言が取れなくなってしまいます。こんな小さな怪我からでも、命に関わる重大な病気にかかったりするんですよ。
自分の命をもっと大切にしてください。少なくとも、自分で自分を傷付けるようなことは、もう2度としないでくださいね!」
そう、こいつはもうひとりの治療士が、俺を襲わせようと命令された大事な証人だ。決して死なすわけにはいかない。
この世界の怪我は魔法で治すことができるが、病気はそうもいかない。小さな傷からでも命に関わる重大な病気に発展する可能性だって十分にある。
それによくある漫画やアニメとかだと秘密が漏れないように自ら命を絶って自殺してしまうかもしれない。そんなことをしようとしても回復魔法で治してしまえるよ、という警告でもある。
「「「………………」」」
……ん? なんでみんな静まり返っているんだ?
「ソーマ殿……あなた様の本当のお気持ちは分かりました。証言を取るためと言いながら、あなた様は自らを傷付けようとする者の命ですら、救おうとしているのですね」
いや、ちげえよ!?
俺だって聖人じゃないんだから、さすがに自分を襲ったり陥れたりするようなやつに慈悲の心なんて持ってない。
あと本当っぽく聞こえてしまうから、ギルドマスターが、俺に跪きながらそんなことを言うのはやめて!
「これがリアルなツンデレ! 表面上は相手に厳しい態度を取っているように見せて、本心では相手のことを慮っている……テンプレですね、わかります!」
おい、そこの謎の解説者! なにしたり顔で解説してんだよ、全然違うからな! あとこの世界にツンデレとかテンプレとか通じんのな、すげえよこの謎の翻訳機能!
そうだ、事情を知っているエルミー達なら男がこんなツンデレなんてしないことを分かってくれるはずだ!
「ソーマ、やはり君は本当に優しい人なんだな。自分を襲おうとしてきた者まで治療してあげるとは」
「ああ、ソーマの護衛をできることを誇りに思うぜ!」
「ツンデレ天然オレっ子……尊い」
……駄目だ、3人とも完全に勘違いしている。というかこの状況ではもう本当のことを言い出せない。
「あんたを陥れようとしていた俺にまで気遣うとはな……俺が間違っていたみたいだ、すべて話す」
あ、こっちのほうは結果オーライだったらしい。……しかしその代償は大きく、まるで俺が聖人のようだと周りが騒いでいる。
どうしてこうなった……
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