第21話 貴族の患者


 そして翌々日、なぜか俺の話は美化されまくって街中に広まっていた。


 曰く、黒い髪をした心優しく美しい男が治療所を開いた。曰く、その男は普通の治療士以上の回復魔法を使え、何十人もの重傷者を一瞬のうちに治療した。


 曰く、その男はひとりたった金貨10枚で治療を行い、それ以上のお金は一切受け取ろうとはしなかった。


 曰く、その男は亜人や人族、容姿や年齢などに関係なく、それどころか自らを傷付けようとした者にまで平等にすべての者を癒した。


 曰く、その男は治療でもらった金貨をすべて恵まれない孤児院などに寄付をした。


 ……なんでだよ! 俺はそんな大層な男じゃねえよ! どこにでもいる少しくらいスケベな男子高校生だ。治療中は意識してエロい目で見ないようにしているけど、外でトップレスや薄着のお姉さんがいたら思わずガン見てしまうくらいの普通の男である。


 しかも一昨日の帰りに誰かが俺達をつけていたのか、たまたま見かけたのかは分からないが、俺達が孤児院に食料を寄付していたのを見られていたらしい。とはいえ、もちろんすべてのお金なんか寄付していないので尾ひれがついている。


「……間違った噂が多少落ち着いてくれるといいんだけど」


「ほとんどは合っているからいいんじゃねえのか?」


「いや全然違うよ!」


「まあ孤児院に金貨をすべて寄付していたのは違うかもしれないが、あとは同じようなものではないか。あの女も治療してやったたことには変わらないのだしな」


 ちなみに3人には完全な善意を持ってあの女を回復したわけではないことは伝えてある。


「でもソーマはあの女がもっと大怪我をしていて、誰に命令されたのかを喋らなくても治療はしたはず」


「……そりゃまあ、たぶんしたと思うけど」


 さすがに回復魔法を使えて、助けられる命があるなら助けるのが普通の人だ。あの人だって俺を本気で殺そうとしていたわけではなかった。刃物を出して脅かして俺を治療させ難くしたり、クレームをつけて俺の評判を落とそうとしていただけらしい。


「ほら、やっぱり優しいじゃないか。何にせよ味方が増えるのはいいことだと思うぞ。たぶんまた例の治療士が何か仕掛けてくるだろうしな」


 結局あの女の人がすべてを話してくれたにかかわらず、例の治療士の男が逮捕されることはなかった。そもそもあの人も直接治療士に雇われたわけではなく、何人もの人を経由して大金で雇われていたらしい。


 例の治療士が関わっていることは明白だったが、はっきりとした証拠もなく、何人もの人を経由していたために十分な証拠として認められなかった。襲撃した女性のほうがデタラメを言っていると言われて、憲兵の人達もそれ以上は言えなかったらしい。


 そんなものは嘘かどうかを判断できるフロラの前で、例の治療士本人に証言をさせれば一発でわかるのだが、現状での状況ではそこまでのことを強制させることはできないようだ。


 また何かちょっかいを出してくる可能性は高いらしいが、少なくともしばらく時間を置くだろうというのがギルドマスターとエルミー達の結論だ。それまでに味方を増やしたり、周囲の警備を固めていこうという話になった。






「ソーマ様、緊急の患者さんです、お願いします!」


「すぐ行きます!」


 どうやら大怪我をした患者さんが来たらしい。


「すぐそこで息子がひどい怪我をしてしまった、頼む助けてくれ!」


 治療所にやってきたのはとても身なりのいい30代くらいの女性だった。何かの事故か分からないが、頭から血を流して、腕も変な方向に曲がってしまっている。男の子も苦痛の表情を浮かべている。


「すぐに治してあげるからね。ヒール!」


 俺が回復魔法を唱えると頭の傷が一瞬で塞がり、曲がっていた腕もまっすぐに治っていった。


「ママ……?」


「ジャレス! すごい、まるで奇跡だ! あなた様のおかげでジャレスが助かりました。本当に感謝します!」


 よかった無事に怪我は治ったようだ。あれだけの大きな怪我だ。この治療所から遠い場所で怪我をしていたら助からなかったかもしれない。この子は運がよかったようだ。


「傷は治ったと思いますけど、念のためしばらくは安静にしていて下さいね」


「はい! こちらは少ないですがお礼になります、どうか受け取ってください」


 そう言うと普通の金貨よりも大きくて立派な装飾の施された金貨3枚を渡そうとしてきた。


「……これは白金貨ですよね? 治療費は一律で金貨10枚になりますので」


 確か1枚で100万円もの価値のある金貨だ。それをポンと3枚も出せるなんてよっぽどのお金持ちみたいだ。


「いえ、これは私からの感謝の気持ちです。あなた様がいなければジャレスは助からなかったかもしれません。どうか受け取ってください!」


「お気持ちはありがたいのですが、金貨10枚を超える金額は受け取らないようにしております。それでも足りないと思うようでしたら、俺が困った時に力を貸してください」


「……噂通り聖人や男神様のようなお方なのですね。あの治療士とは大違いのようです」


「へっ?」


 もうひとりの治療士のことも知っているのか。かなりお金持ちでもあるようだけど何者なんだ?


「申し遅れました。私はキュリオ=レイチェル伯爵と申します。貴族でもない者をたった金貨10枚で治療をしてくれているという噂は本当だったのですね。ソーマ様、この御恩は決して忘れません」


 左手を後ろに回し、右手を胸の前に置いて優雅にお辞儀をするレイチェル伯爵。……あれ、伯爵って貴族の中でもめちゃくちゃ偉いんじゃなかったっけ?


「頭をお上げください、レイチェル伯爵様。当然のことをしたまでです」


「ふふ、本当に謙虚なお方ですね。今後何かお力になれることがございましたら、何なりとお申し付けください。それでは失礼致します」


 金貨10枚を置いて颯爽と治療所から出て行くレイチェル伯爵とジャレスくん。うわ、女性だけど本物の貴族って格好いいんだな。それに、貴族って全員傲慢な奴ばかりだと思っていたけど、そうではないみたいだ。

 

「ソ、ソーマ……あの方はレイチェル伯爵様だ! この街でもとてつもなく偉いお方だ……」


 ……やっぱりただの貴族ではなかったようだ。常識人だったみたいだし、変に絡まれることはないだろう。……たぶん。

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