第19話 治療所への乱入者
「ソーマ様、この治療所はいかがでしょうか?」
「はい、とてもすごいです。……というか立派すぎて俺には勿体ないですね。こんな立派な建物を作ってくださって、本当にありがとうございます」
治療所に案内されて少しすると、昨日治療した女ドワーフさんのデルガルトさんがやってきた。いくら魔法がある世界だって、こんな立派な建物をたった1日で建てるのはとても大変だったに違いない。
「いえ、お礼を言うのは私のほうです。腱を切ってしまい動かなくなった私の腕をソーマ様は治してくださいました。金はあったのですが、この近くにいる唯一の治療士に私が亜人であることを理由に、治療は断られたのです。
他の街まで長い時間をかけて治療に行くか悩んでいるところでソーマ様の噂を聞き、藁をも縋る気持ちでやってきたところ、たった金貨10枚で治してくれた上に優しい言葉までかけてくださった。
少しでも恩を返せればと思い、この治療所を建てている仲間に頼んで手伝わせてもらいました。何か至らないところがありましたら、直しますのですぐに仰ってください」
「いえ、とても大きくて治療もしやすいように考えられていると思います。本当にありがとうございます! でもお気持ちはありがたいのですが、まだしばらくは安静にしていてくださいね」
さすがに腱を治しただけだから、血が足りなくなった、とかいうことはなさそうだが、それでも数日は安静にしていてほしかったな。
「はは! その優しさ、感謝致します。この御恩は忘れません、何かありましたらいつでも力になりますので。それでは失礼致します!」
「こちらこそ本当にありがとうございました」
まさかそこまで感謝されているとは思わなかったな。そして相変わらず例の治療士の評判は悪いようだ。
昨日と一昨日で回復魔法を必要とする患者さんはだいぶ減ったようだ。今日は朝から治療のために並んでいる人は20人くらいだった。治療所の前にいる野次馬は相変わらず多いんだけどな。
そしてようやく治療を希望している人の波が途切れた。そのあとはまばらにやってくる治療を希望する患者さんをひとりずつエリアヒールではなく、普通のヒールで治療していく。
「ヒール!」
「おお、痛くない! 治療士様、本当にありがとうございます」
「怪我が治って本当によかったです。しばらくは安静にしていてくださいね」
「はい、この御恩は絶対に忘れません!」
これだけ感謝されるとこちらまで嬉しくなってくるな。
「おい、治療士はどこだ!」
何やら待合室で大きな声がする。もしかして急患かもしれない!
「どうしました!」
待合室の扉を開けるとそこには大柄な20代くらいの若い女性がいた。それほど立派なものではないが、金属製の胸当てを身に付けているところを見ると冒険者だろうか。
彼女の脇腹からは血が滲んでいるが、それほど大きな傷ではなさそうだ。それに自分の足で歩いていることからも、それほど重傷というわけではないみたいだ。
「おい、一昨日金を払って回復魔法をかけられたのに、たった1日で傷口が開いちまったぞ!」
「えっ!?」
それは大変だ! エリアヒールの効果が薄かったのだろうか!? それとも回復魔法が効きにくい体質だったとか!?
とにかく傷口をあらためて確認して、もう一度治療しなければならない!
「わかりました! すぐに治療室までお願いします」
「その前にこの落とし前はどうつけてくれるんだよ? もしもこのまま狩りに出掛けていたら大惨事だったじゃねえか!」
うっ……怖い。女性が詰め寄ってくるが、俺よりも背丈が大きくて目付きが鋭く、元の世界でまともに喧嘩などしたことのない俺にとっては恐怖を感じてしまう。
「武器を持ったままそれ以上ソーマに近寄るな!」
いつの間にかフェリスが盾を構えて俺の前に立っていた。そしてエルミーは剣をいつでも抜ける構えをしており、フロラも杖を構えていた。
昨日からそうだが、治療室や待合室の中では武器の携帯を禁じている。武器を持ってこないようにするか、隣の冒険者ギルドに武器を預けなければならない。本当は治療所の入り口でチェックをしているはずなのだが、この人はいきなり怒鳴って治療所に入ってきたから、武器をまだ持っていたようだ。
「おいおい、ここでは治療に失敗した相手に剣を向けるのか!? 治療にも失敗しているし、こいつは偽者の治療士なんじゃねえのか!」
ざわざわと待合室にいた人達や治療所の前にいた人達ががざわめきたつ。しかしどうしてこの人には回復魔法が効かなかったのだろう。んっ……というよりこの人……
「あのう……あなたは本当に昨日俺の治療を受けましたか?」
「なっ、なんだと!?」
俺はそこまで記憶力が良いというわけではない。人の名前なんてすぐに忘れてしまうことも度々ある。確かに俺は一昨日から200人以上もの大勢の人達を治療している。
しかし、あれだけ真剣に感謝の言葉を伝えられ、怪我が治って心から嬉しそうな顔をしていた患者の顔を俺は決して忘れたりしていない。俺が治療した人達の中に今目の前にいるこの人の姿はなかったはずだ。
「な、何をデタラメ言ってやがる! 俺は確かに昨日お前からの治療を受けたぞ! そうか、てめえが偽者の治療士だから俺のせいにしようってんだな!」
「違う! 嘘を言っているのはお前。私には嘘がわかる!」
「うぐっ!?」
そうだ、こちらには嘘がわかるフロラがいたんだった。
「……そういうことか。大方、この街のもうひとりの治療士に金で雇われて、ソーマを傷付けるか評判を下げるようにでも言われたんだろう」
……なるほど、そういうことか。
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