第13話 治療の順番


 なんとかエリアヒールの効果が発動し、この部屋にいた人達の怪我は、すべて治すことができたようだ。しかし、やはり事前に聞いていた通り、千切れた手足などは元に戻っていなかった。


「ソーマ、本当に凄いぞ! みんな治っている!」


「すげえな! これ全部お前のおかげだぜ!」


「ソーマ、体調は大丈夫?」


「俺のほうは大丈夫。少しだけ休めばたぶん大丈夫だから」


「何を言っているんだソーマ殿! とにかく椅子に座ってくれ。エリアヒールとはいえ、あれだけの人数を一気に治療したんだ、しばらくはゆっくりと休んでくれ」


「はい、わかりました」


 確かに魔法の練習をした時や昨日と比べたら疲労感はあるが、少しの距離を全力疾走したような感覚で、少し休めばすぐに回復しそうだ。とはいえ、今はギルドマスターに従って、少しだけ座って休ませてもらうとしよう。


「治療士様、本当にありがとうございました! おかげさまで魔物にやられた腹の傷が治りました!」


「ありがとうございます! 治療士様のお陰で事故のあと、ずっと寝たまま動けなかった娘が目を覚ましました!」


 怪我を治療した人やその親達がお礼を言ってくれた。その誰もが顔をクシャクシャにして涙を流して喜んでいる。


「みなさん、本当によかったです。ですがしばらくは絶対に安静にしていてくださいね」


「はい! 本当にありがとうございました!」


「治療士様、あなた様のおかげで落盤事故に巻き込まれて負った怪我が治りました。感謝致します!」


「それはよかったです。……ですが、その千切れた手までは元に戻すことができませんでした。俺の力不足で本当に申し訳ないです」


「何を仰いますか!? 手などよいのです。命に比べれば些細な問題でございます! 起き上がることもできず、このまま朽ちていくだけの俺をあなたは救ってくださいました。この御恩は一生忘れません!」


 ……違うんだ、本当はハイヒールで治せるかもしれないんだよ。……よし決めた、どこかのタイミングで絶対にこの人達のことは治してやるからな!


「……あ、あの、治療士様。本当に治療費は金貨10枚でよろしいのでしょうか? 別の治療士様ですと白金貨2枚は必要と聞いたのですが……」


「ええ、俺には金貨10枚でも多いくらいなので、気にしないでください」


「おお……感謝致します!」


「白金貨2枚を貯めるまでまだまだ時間がかかると思っておりましたが、治療士様のおかげで娘が目を覚ましました! こちらは娘の治療のためにずっと貯めていた金貨80枚があります。どうかお受け取りください!」


「いえ、そのお気持ちだけで十分です。金貨10枚だけありがたくいただきたいと思います。もしもそれでも足りないと思うなら、俺が困った時にぜひ力を貸してください」


 というか本当に金貨10枚でも多いんだよな。エリアヒールで8人を治療したから今の一瞬で約80万円だぞ。一高校生がそんなに金をもらってどうしろというんだ。


「まさに聖人のようなお方だ。この御恩は一生忘れません! ソーマ様に何かありました時は、命をかけてもこの御恩を返すと誓います!」


「俺もだ!」


「私も誓います!」


「男神様、俺も誓います!」


 ……なぜか治療した患者やその家族だけでなく、ギルドマスターやエルミー達まで俺に跪いている。少なくとも命までかけないでいいから!






 ◆  ◇  ◆


「おい、そんな獣人の治療なんか後回しでいいだろ! 先に私の夫の治療をしてくれ!」


 先程エリアヒールを使ってから、治療をした人達から感謝の言葉をもらい、別の部屋で身体を休めていると、隣の治療室から大きな声が響き渡った。


 何事かと思い、隣の部屋にエルミー達と一緒に入ると、1人のお婆さんが冒険者ギルドの職員に詰め寄っていた。その冒険者の指差す先には、胸に大きな怪我を負っているまだ幼い猫の獣人がいた。


「……この国だと獣人とかの差別とかあったりするの?」


「昔は獣人や私達エルフ族みたいな亜人にかなりの差別があったけれど、今はもうほとんど残っていない。典型的な時代遅れの老害」


 ……おう、フロラが本気で怒っている。もしかしたら、昔なんらかの差別を受けたのかもしれない。とりあえず止めないといけない。さすがに俺の言うことなら聞いてくれるだろう。


「とりあえず落ち着いてください。すみません、怪我の重さではあちらの子供のほうが、酷いんですよね?」


「は、はい! あちらの獣人の子供のほうが重傷です。こちらの方の夫にはこの2回後に治療を行っていただく予定となっております」


 ということはこのお婆さんの夫も重傷ではあるんだな。この冒険者ギルドに集められた怪我人は、ギルドの職員によって、怪我が大きい順番に並んでもらっている。


「お願いします、治療士様。どうか早く私の夫を治療してください! お金なら多く払っても構いませんから!」


 お婆さんが俺の方に詰めよって来るのをフェリスが遮る。お婆さんが必死の形相をしているのは、夫を本気で心配しているのだろう。

 

 だが、人族ではない獣人だからといって治療の順番を変える気はない。たとえまだこの国に差別が残っていたとしても異世界からやってきた俺には関係ない。


 俺にとって、ひとりひとりの命は人族であろうと獣人であろうとエルフであろうと違いはない。エルフのフロラだって耳が少し長いだけの綺麗な女の子にしか見えないからな。


 それにたとえお金を積まれたからと言って治療の順番を変える気もない。少なくとも、命の危険が少しでもあるのなら、治療は怪我の重さ順にするとみんなにも話してある。


「たとえ獣人であろうと、俺達人族と何も変わらないひとつの命です。それにお金を積まれたからといって治療の順番を変えたりはしません。ですがあなたの夫も必ず助けてみせます! どうか俺を信じて下さい!」


「うう……治療士様、どうか夫を……夫をよろしくお願いします!」


 どうやらお婆さんも分かってくれたようで、列の方へ戻っていった。あの獣人の子も、あのお婆さんの夫も絶対に全員治してみせる。


「「「おおおおおおお!」」」


 んっ、なんだ!?


「すげえ、別の治療士は亜人の治療なんてどんなに金を積んでも絶対にしてくれないのに!」


「それに金を積まれても優先しないだと! あの治療士は同時に治療する人がいたら、より多く金を積んだほうを優先するって聞いたぜ!」


「神だ……まさに男神様のようなお方だ!」


 ……どうやら先程のお婆さんとのやりとりが聞こえていたらしい。ギルドマスターの部屋は魔道具の力で外に声が漏れないようになっているが、治療室にはないようだ。


 というかこのあたりに1人しかいないという治療士の評判は悪過ぎだろ……亜人の人は治療しないし、優先順位は金で決めるのかよ……

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