ちょっと選ばれし勇者にだけ抜けるちょっと伝説の剣を抜いちゃったんだけど。
かたなり
この剣って何なんですか?
「こちらに刺さっている剣は、代々村に伝わる伝説の剣と呼ばれており、選ばれた勇者にしか抜けないと言われておりまする。」
はあ、と俺は答えた。
「そして」
「そちらに刺さっている剣は、ちょっと伝説の剣と呼ばれていまして。ちょっと選ばれた勇者には抜けるらしいですじゃ。」
はあ、続けて俺は気の抜けた返事をした。
へえ、そういうのもあるんだ。
30秒後
いや、まさかね。
抜けてしまうとは。
どうも、こんにちは、ちょっと選ばれた勇者です。
※※※※※※
「だいたいちょっと選ばれた勇者ってなんだよ。確率で教えろよ。」
「ほんとだニャ!こいつはそんなたいした奴じゃないニャ!」
ほら、使い魔のプルティもそう言っている。いやお前は俺を信じろよ。仮にもご主人だろうが。仮じゃなく本当にご主人様だろうが。だよねプルティ?
俺の動揺など気にもせず村長は話を続ける。
「ゴホン、ですが、わしにもわからんのですじゃ。少なくともわしの前の前の前の前の前の前の前の村長が残した書物には、『ちょっと選ばれし勇者用のちょっとした剣』と書いてありますのじゃ。」
前に並ぶ死者の列が長すぎる。
「『ちょっとした剣』って意味変わってきてるだろ。剣の時点でだいぶ大したものなのよ。」
「前の前の前の前の前の前の前の村長曰く、『おしゃれ過ぎず、雨の日も安心して普段使いできる剣』と。」
「普段使いできない剣は持たないのよ。それとやっぱり村長の接頭語もう少し工夫できない?」
俺は賢いので知っているのだが、この世には1+1+1+1+1を1×5と表記する方法がある。しかし無学を責めるわけにもいくまい、郷に入っては郷に従え、だ。
「えーっと、前の前の、前の前の前の前の村長のころから抜けてないわけか。百年以上は経つわけだし、まあちょっとした伝説の代物であることは確かなんだな。」
「前の前の前の前の前の前の前の村長ですじゃ。」
「やかましいわ」
そのうち寿限無もおぼれて死ぬわい。
「とにかくずっと抜けてないわけニャ?その剣。」
肩に乗ったプルティが、怪訝な顔で剣を見ながら村長に尋ねる。翼の生えたネコをイメージしてもらえればいいだろう。
姿だけ見ればかわいらしい使い魔なのだ。姿だけ見れば。
「そもそもこの剣は普通の剣となにか違うニャ?こいつの持ってるショボい剣と比べても大して変わり映えしないニャ。」
ご主人の剣をショボいとか言うのやめてくれないかな。
「ショボい剣とはなんですかな!」
そうだ村長、怒れ。
「この剣は身に着ける相手に合わせて姿を変える魔剣、持ち主がショボければそうなるのも当然ですじゃ。」
あ、そういう設定なんだ。
え、急に剛速球の罵倒が飛んでくるじゃん。
「なんか曲がっとるのも大方ちょっと選ばれた勇者のちょっとしたチ〇コの向きか何かでござりましょう。ショボいもんですな。」
いい度胸だなジジイ、てめえ表に出ろよ。
俺は思わず村長の胸ぐらをつかんでしまった。
30秒後
見事に負けてしまった。
村長、お前が伝説だよ。
「案ずることはありませんじゃ。私は伝説の村の村長、人呼んで伝説の村長。そこんじょそこらのガキには負けはしませんですじゃ。」
ガキって。一応こちらも、ちょっととはいえ選ばれた勇者なんですが。
「伝説の村…?ここがですか?」
敬語なのは勝負に負けたからです。泣かされたくないなら、態度で示せホトトギス。
「さよう、この村のものはたいていが伝説に語り継がれた歴史のあるものでございますじゃ。
そして、その剣を抜いた勇者様には、果たすべき使命がございますのじゃ。」
「と、言いますと?」
「前の前の前の前の前の前の前の村長を、倒してもらいたいのですじゃ。」
ああそこ、繋がってたんだ。
※※※※※※
「というか、死んでなかったんですね?てっきりずっと昔の方かと。」
もしかして、過去を示す接頭語じゃなくて、まとめてただのファミリーネームでしたみたいなオチか?マエノさん。かなり前向きな方っぽい響きだ。ウシロくんと二人でラブコメ路線で売り出せばいいところにいけるんじゃないか。
「そうだニャ!生きてるなら今ウチの目の前にいるジジイはなにものニャ?自分を村長だと思い込んでいる狂人にしか見えニャいニャ。」
もしかしなくてもプルティって、俺にだけじゃなくて万人に失礼なのか?
「いや、昔の方であることは確かですじゃ。」
ああ、そう。
「前の前の前の前の前の前の前の村長は、伝説の魔法使いだったのですじゃ。彼は伝説の魔剣のレプリカを自らでつくり、それと対をなすように自らの身体も封印したのですじゃ。彼の身体はこの剣で貫くことでしか絶命しないようになっており、抜いた者がその剣をふるって彼を殺すよう、伝えられておりますのじゃ。」
伝説って兼業も許されるんだ。
しかし初めて伝説らしい伝説が出てきたな。てっきり年寄りのうわごとをまとめて伝説って呼んでるヤバい村なのかと思いかけていたから、多少はマシになってきた。すでにちょっとばかしインフレ気味のきらいがあるが、いつの時代も伝説という言葉は人をワクワクさせるものだ。
「かの先代は自らの造りし剣を抜いた者のことをこう呼んでおります」
「おお。」
呼び名、ね。どんなもんだい。
「『若干勇者(笑)』と。」
ワクワクを返せ。
プルティがゲラゲラ笑っている。
「それにしても先代ってヤツはどうしてこんニャことするニャ。そこの(笑)もウチも、急にそんなこと言われても困るニャ。」
「人の呼び方には気をつけろよ?」
さんをつけろよネコスケ野郎。
じわじわと傷ついていく俺の心をまったく気にすることなく、村長はしゃべり続ける。
「彼はかつて魔王を倒した勇者御一行の一員だったと聞いておりますのじゃ。そして、彼が旅を共にした勇者の剣の横に、自らの造った剣を眠らせたのでございますじゃ。」
「ふーん。」
そう聞くと、なんだか先代ってやつにも色々思うことがあったのかと考えてしまう。人に歴史あり、だ。
「レプリカってことは、やっぱり選ばれた勇者にしか抜けない剣って、ちょっと選ばれた勇者にしか抜けない剣よりもレア度が高いんですかね。」
気になって尋ねてみると、老人はさらっと答えた。
「伝説レベルが違いますからな。」
知らない尺度だ。
「竜や鬼退治、魔王の宝物は伝説レベルが高いですからな。ずっと誰も抜けない剣などもそれに近い伝説レベルがありますじゃ。」
わかりやすいな、どんぶらこと流れる桃とか、竜宮城の玉手箱なんかも高レベルなんだろう。
「ちなみに伝説レベルの低いものってなんなんです?」
「『ヴェートーベンの目が動いた伝説の音楽室』なんてのはそこら中に転がっていますな。」
学校の怪談じゃん。たしかに説は伝わってるけども。
「しかし、いくらその辺の立派な木の棒のほうがマシなくらいショボくれた、紙工作でも作れそうなくらいボロッちい針金みたいな姿でも、今の時代でその剣が最も古い剣の一つとして力を持っていることは確かですじゃ。勇者殿。胸を張って先代を打ち倒してくだされ。」
これで人を鼓舞しようとしているのだから恐れ入る。伝説の村の住人は全員煽り耐性がエグイことになってんだろう。村中の会話がネット掲示板レベルであっても驚かないぞ。
とはいえ。
選ばれし者、と言われると若干の胸のときめきがあるのは事実だ。
「ふっ、しかたない、わかったよ。それでどこまで行けばいいんだ?」
さあ、ここからは伝説の前々以下略村長、その居場所にたどり着くまでの旅だ。俺の冒険の幕が開ける。
村長は重々しくうなずき、口を開いた。
「村から徒歩10分の裏山ですじゃ。」
そりゃまあ、近いことで。
※※※※※※
山の中腹に大きな洞窟があった。この中にいらっしゃるらしい。途中まで案内してくれた村長も、ここから先はついていけないとのことだった。俺はあいつの話にあんなに懸命についていってやったのに、薄情な奴だ。
洞窟の中からは冷気が漂ってくる。単なる暗がりと呼ぶには、あまりに闇が深いように感じた。少し、ほんの少し足が震えたような気もするが、断じて気のせいだ。
これでも冒険者のはしくれ、覚悟を決めて進んでやろうじゃないか。
「ご主人、気をつけるニャ、この壁、ぜんぶ魔法で固められているニャ。」
プルティが耳元でささやく。逆に驚く。どうしたんだプルティ。お前そんなキャラだったのか。
進むにつれて段々と周囲は明るくなっていった。熱くは無い。青白い、魔法の明かりだ。誰だ、闇が深いとか言ったのは。数分も奥に進むと、真っすぐの立派な廊下が出てきた。
その奥に広間があり、村長と比べると随分若い、年の頃は四十くらいのおっちゃんが鎮座なさっていた。
「おっ、ようやく来たか。」
「あなたが」
「そう、オレが七代前の村長だ。」
俺はその言葉を聞いて愕然とした。
こいつ、数字が数えられるのか!?
「っ……!」
「おい、どうした?」
「いや、村の教育の衰退について思いを馳せていました。」
「はあ?何悟った顔してんだおまえ。」
貴方にはわかるまい。
仕切りなおそう。
先代村長改め、話の分かるおっちゃんは大変に気さくだった。粗茶ですが…、いやいや結構なお手前で…といったやり取りがあり(あったんだよ)、俺とおっちゃんは仲良くなった。
「ようよう、お前さんがちょっと選ばれちゃった勇者か、災難だったなあ。」
「選ばれ”ちゃった”て。自覚があるなら悪ふざけしないでくれませんか。」
「まあまあ、兄ちゃんそんなこと言うなって。」
ヘラヘラしてるが、この空間を一人で維持するのは膨大な魔力が必要だろう。
並みの人間でないのは俺でもわかる。
「いーや、どうしてこんニャことしたニャ?ウチもご主人の貧相なソレが左曲がりだなんて知りたくなかったニャ。」
プルティ絶好調だな。ごめんよ、ご主人もべつに好きでそうなっているわけじゃないんだ。曲がりなりにも俺の大事な剣のことこれ以上悪く言わないでほしい。
「おーそうか、そうだよな。お前らもうその剣を俺が造ったって知ってんだもんな。にしても…ブフッ…ははっ」
「どうしたんです?」
おっちゃんはひとしきりクスクス笑った後、息を吸い込んでしみじみ、といった風に言った。
「――ショボい剣だなあ」
「うっさいわ!!!」
ひと思いに刺したろか。
ああ、刺すといえば。
忘れるところだった。
「この剣で刺せばあんたが死ぬというのは本当なのか?」
「そうだニャ!わすれてたニャ!」
そもそもの目的はこのおっちゃんを倒せ?とかいう話だったはずだ。仲良くなっている場合ではないのだ。
まじめな顔で相手の顔を見ると、おっちゃんも少し、雰囲気が変わった。
「ああそれな。」
ごくり。つばを飲み込む。
「ウソだ。」
「はあ!?!?」
村ごと焼いていいかなあ。嘘つき村の村長は嘘つきだって言いました。リアルに炎上させたろうか。
「ふざけんニャ!村ごと燃やすニャ!」
はじめてプルティとも意見が合致した。やはり持つべきは共通の敵だ。
村長、勇者はご乱心ですよ。
「あ、ああ、待った待った。やめろって物騒なもん向けるな。」
「おい、ちょっと冗談が過ぎるぞ。」
「違う違う、ウソって言ったのは、その剣でオレを刺す必要はないってところだ。」
「どういうことだ」
「どういうことニャ、下手な回答したらその首切り落とすニャ」
そこまでは言ってないよ。どうもうちの使い魔は凶暴でいけない。
しかしその後の回答は俺たちを驚かせるものだった。
目の前のヘラヘラした相手は、ヘラヘラしたままでこう言った。
「どういうこともなにも、その剣を抜いた時点で、オレの肉体は消滅を始めている。」
※※※※※※
「それって、どうして?」
「どうしてニャ、下手な回答したらその首切り落とすニャ」
だからそこまでは言ってないって、プルティ。
「この魔法はそんなに難しいもんじゃないんだ。十万回目にあの剣を抜こうとしたやつが来たら、勝手に抜けるようになってる。その間オレの肉体はこの空間から出ない代わり、剣が抜けるまでは時を過ごすことができるってわけだ。剣が抜けたらあとは、おしまいだ。」
七代前の村長は話をつづけた。
「で、剣を抜いたそいつを一目見て、たいしたことねえなあって思う頃に、オレは死ぬ。まあすぐにではないが、2,3日でここからいなくなるだろうよ。」
よくわからない。
「その首切り落とすニャ!!!」
ほらプルティも首切り役人みたいになってきてるし。
「オレはなあ、」
ちょっと後の世界が見てみたかったんだ。大昔の魔法使いはそう言った。
大昔の勇者御一行はそれはそれは強かったという。俺もおとぎ話程度には聞いたことがあるほどだ。しかしその魔法使いは、仲間内ではいちばん弱く、足を引っ張り気味だったのだと、目の前の男は言う。
「魔王を倒して平和になった、それはいい。けどな、オレはあんまり、平和を信じられなかった。この先も平和が続くのか?今の状態で、魔王なんていなくても、人は勝手に争うんじゃないか?
そう思ったとき、ずっと先の未来が見たくなった。オレの空間魔法を使えば、限定的に未来まで自分を保管することができる。それで、その時代に冒険者なんてやってるバカの顔を見たいと思ったのさ。」
「未来が平和かどうか確かめて、安心したかったのか?」
「安心したい、というのとはちょっと違うな。誰かが覚えていたらうれしい、というのが半分。」
「もう半分は何ニャ?」
「勇者の剣じゃなくて、その横にある剣をわざわざ抜こうとする変なやつの顔が、百年たってもたいして変わらないかどうか、知りたかったんだ。」
伝説の魔法使いの顔は、おだやかだった。
俺と、おそらくプルティの立ちっぱなしだった腹も、座って寝転ぶほどに。
って、百年も前って。
「もしかして、勇者の剣って、あっちのほうが偽物なのか?」
「――そりゃあ、お前さんの想像に任せるよ。」
※※※※※※
洞窟の中の男に別れを告げて外に出る。今の村長は何も知らないようだった。俺はかなり脚色したストーリーを三日三晩語り続け、伝説を打ち立てるなどした。
そして。
ちょっと選ばれた俺は、その後、ちょっとだけ世界を救う旅に出た。
それは伝説と呼ばれるにはありきたりな冒険で、でもちょっとだけ、その背中はかつての誰かに似ていたんだとか。
ちょっと選ばれし勇者にだけ抜けるちょっと伝説の剣を抜いちゃったんだけど。 かたなり @katanaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます