第13飯(2) コース料理

第13飯(2) コース料理


「では皆様、こちらへどうぞ」

イサムたちを先導する。


屋敷の中を案内してもらう。

至る所で使用人たちが忙しく動き回っている。

もちろん、イサムたちが来るから、だろう。


しばらく屋敷内を回った後、厨房に通された。


「ふん、おめえが料理を作るんかい」

でっぷり太った中年男が、不機嫌そうに言った。

ロワリエ邸の料理番、ピエールである。

ピエールの妻のエメとその弟のエミールが手伝いをしている。

2人ともノッポで印象が薄い。


「よろしく」

イサムはお辞儀をした。


「旦那様が是非にとおっしゃられるから、厨房を貸してやるんだからな」

が、ピエールはそっぽを向いた。

「そこんとこ間違えんなよ」

ブツクサと文句を垂れる。

他所者に自分の厨房を使わせるのが嫌なのだろう。


「ピエール、ロワリエ様のご意向ですぞ」

セバスチャンが咎めるように言うと、

「分かってますよ、好きに使ってもらって構いませんぜ」

ピエールは肩をすくめた。


(なんだか良くない雰囲気だな…)

イサムは心の中でうーんと唸った。


「じゃあ、とりあえず厨房を見させてもらいます」

イサムは言いつつ、チラと横を見ると、


ポーッ


と、ホンメイが頭から湯気を出していた。

目付きがヤバイ。


(うわっ!? 怒ってる!)


「ホンメイさん、我々は邪魔にならないよう戻りましょう」


サシャが慌てて言う。


「うーッ」

サシャに押されて、ホンメイは渋々退出してゆく。


「な、なんでえ、あの嬢ちゃん?」

ピエールは若干引いていた。


「もし足りない材料などあれば、遠慮無くお申し付けください」

セバスチャンは厨房に残っていた。

イサムとピエールが揉めないように見張っているのだった。


「うん、ありがとう」

イサムはお礼を言って、厨房を見回す。

頭の中でシミュレーションしているのだった。


厨房の間取りと動線を見ている。


「ピエールさん、コンロは炭火ですか?」

イサムは聞いてみた。


「見りゃ分かんだろ、炭火だ」

ピエールはぶっきらぼうに答える。


炭火ならヒゲ領主の店の厨房と同じだ。

ほぼ同じ要領でいけるだろう。


イサムは気になる点を確認することにした。


鍋、フライパンなどの調理器具。

味付けに使う調味料、調理に使う油。

皿や椀など食器の種類。


(蒸し器は持ってきたから、包子とか饅頭は問題ない)

(問題あるとすれば炒菜だな)

イサムは思った。

実際に炒めて見ないとコンロのクセが分からない。


「ちょっと調理をしてみてもいいですか?」

イサムは聞いた。

「ああ、構わん」

ピエールはチラとイサムを見て、うなずいた。

実のところ、興味はあるらしい。


「じゃあ、炒め物から」

イサムは肉と野菜を切り、包丁とまな板の使い心地を見る。

肉と野菜、それぞれ別の包丁を使った。


炭火を起こし、コンロにフライパンを乗せ、油をひいて、肉を炒める。

肉に火が通ったら、切った野菜を入れる。

調味料として、塩を入れている。


さっと炒めて皿に取る。

大皿に盛ってから、改めて小皿に取る。


「どうぞ、試食してみてください」

イサムはピエールたちとセバスチャンに小皿を渡す。

箸はないからフォークを付けている。


イサム自身も小皿を取り、フォークで試食する。


野菜はシャキッとした歯ごたえ。

肉から出た肉汁がどっしりとした味にしている。


「お…」

ピエールは一口食べて見て、驚いたような顔をした。

「うめぇ」

「あら、ほんと」

エメがその後を継いだ。

「おっほぅ、これうめぇなや」

エミールはバクバクと平らげてしまった。

「他にどんなのがあるんで?」

「バカ、おめえ、余計なこと……」

ピエールがたしなめたが、


「先に味を見ておくのも我々使用人の勤めですな」

セバスチャンがそう言ったので、

「ま、まあ、そうですな」

ピエールは、うなずくしかなかった。


「では、簡単に作ってみます」

イサムは言った。


小麦粉を練り、

挽肉を捏ねて餡にし、

葱油餅、餡餅、餃子、春巻、包子、饅頭などを作る。


肉と野菜を切り、

炒め物を作る。


そして塩水鶏を作り、スープを取る。

いつも通り、これを使い倒すつもりだ。


コース料理は、①前菜、②スープ、③主菜、④主食、⑤デザートの5種類。


①前菜は、

塩水鶏(イエンシュイジー、茹でた鶏肉の塩水漬け切り身)、

蒜泥白肉(スワンニーバイロウ、豚肉の水煮のすりおろしニンニクがけ)、

咸菜萝卜(シエンツァイルオボ、ラディッシュの浅漬け)、

咸菜黄瓜(シエンツァイホワングア、キュウリの浅漬け)などを作る。


前菜は中国語で冷菜(ルンツァイ)もしくは涼菜(リャンツァイ)、涼拌菜(リャンバンツァイ)と言い、肉の切り身を煮て冷ましたものや野菜の和え物が多い。

肉は2種類に留め、旬の野菜の浅漬けを多く用意する。

野菜の浅漬けなら足りなくてもすぐ出せるからだ。


②スープは塩水鶏のスープを下地にして、

五花肉煮酸菜(ウーホアロウジュースワンツァイ、豚バラ肉とキャベツの酢漬けの煮込みスープ)、

木耳蛋湯(ムーアルダンタン、キクラゲと卵のスープ)、

痩肉餛飩(ショウロウホゥントゥン、豚肉と葱のワンタンスープ)を作る。


スープは湯(タン)といい、比較的簡単ですぐ作れ、あっさりした味付けのものが多い。

料理の味付けが濃いためだ。


ちなみに、この世界には鶏ガラスープの素などという便利グッズはないので、すべて塩水鶏のスープでまかなう。

なので、前菜として必ず塩水鶏が出ることになる。


スープは3種類用意した。

男性向けのガッツリスープ、女性向けのヘルシースープ、子供向けのワンタンスープだ。

当主のエリク・ロワリエ、奥方、子供たちをターゲットにしている。

が、ピエールら使用人たちも視野に入れていた。

ちなみに酸菜(キャベツの酢漬け)は事前に仕込んだ物を持参している。


③主菜は、

旬の野菜と肉の細切りの炒め物各種。

味付けが基本塩だけなので、肉の脂で誤魔化す形になる。

幸い、ロワリエを筆頭にガリア人は肉が入ってれば大体オッケーらしいので、それでゴリ押す。


④主食は、

水餃子、包子、餡餅、牛肉拉麺、拌麺を作る。

水餃子、包子、餡餅を多めに作った。

これらは残っても、翌日焼くか、再び蒸せば食べられるからだ。


牛肉拉麺、拌麺は、どちらもかん水入りの麺を使用している。

好みで湯麺か拌麺のどちらかを選んでもらえば良い。


⑤デザートは、

饅頭、春巻を作る。

これらは点心(デザート)も兼ねている。

饅頭は味がないので、蜂蜜や果物のジャムを塗って食べてもらう。つまりデザートだ。

甘味が苦手な男性には春巻を出す。


甘味が蜂蜜や果物のジャムくらいしかない上に高価と来ているので、そう簡単に使えないのだった。

失敗すればロワリエ邸の貴重な材料を無駄にしてしまう。


「こんなもんかな」

イサムは言った通り、少量をさっと仕上げて出して見せた。


「いくつか種類があるのはなぜです?」

セバスチャンが聞いた。


「皆さんに選んでもらうためです」

イサムは答えた。

「今回はロワリエさんだけじゃなく、奥様やお子さんたちがいるでしょう?」


「ええ、そうでございますね」

セバスチャンがうなずく。


「女性やお子さんに男性向けのメニューを出すと食べきれなかったり、味付けに不満を持たれたりする可能性があります」

イサムが言うと、

「なるほど、メニューを変えるってことかい」

ピエールがイサムの隣でうなずいていた。

いつの間にか隣に陣取っていて、サポートをしている。


「そう、選択肢を用意してあげるのが吉です」

イサムはちょっと会釈するような格好になる。

これが礼儀正しく見えたらしい。


「ふふ、用意周到ですな」

セバスチャンは笑みを漏らした。


「だけどよ、余ったらどうするんでい?」

ピエールが不思議そうに聞いた。

「そしたら、あんたらの出番だよ」

イサムはニヤリとした。

「あー、そういうことか」

ピエールは笑った。

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異世界中華十八飯 @OGANAO

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