第12飯 牛肉拉麺
第12飯 牛肉拉麺
ナトロンの買い付けは済んだので、ホンメイとイサムはガロへ戻った。
ディビオから供給される素材は、パン酵母とナトロン粉末の2つになった。
パン酵母は、パン屋組合に加入し登録料、毎月の組合費を支払う事で必要分が配布されている。
パン職人のジャンとポールが配布しに来た時に、中華料理を習って帰るようになった。
ナトロン粉末は、クラピソン商会から定期的に配達されるようになった。
配達員はサシャだ。
もちろん「ヒゲ領主の店」の中華料理が目当てである。
そのうちホンメイみたいにガロの宿屋に逗留するかもしれない。
「牛肉って売ってる?」
イサムはアレットに聞いた。
「売ってるけど、豚肉より高いよ」
アレットは答える。
「牛肉で何か作るの?」
ちょっと期待の籠もった目でイサムを見る。
「ああ、牛肉を使った湯麺(タンミィエン)」
イサムは答えた。
「ただちょっと麺の作り方が難しいんだけどな」
「へー」
アレットは興味津々という風である。
拉麺(ラーミィエン)という麺の作り方がある。
小麦粉の生地を延しつつ両手で絡め取ってゆき、麺にする。
これは中国西部のウイグル自治区や、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンなど中央アジア地域のラグマンという麺にかなり似ている。
拉麺は、中国甘粛省の蘭州という場所に伝わっていて、蘭州拉麺として有名だ。
牛肉を使うので「蘭州牛肉拉麺」と言われる。
古代の中国ではシルクロードを介し、いわゆる西域と文化交流が行われてきた。
拉麺も、その中で伝え伝わりしてきたものと思われる。
「今までは生地を折りたたんで切っていた。つまり麦切りだな」
イサムは厨房で実演をしながら説明している。
麺は既にナトロン粉末を使って作っている。
客から注文があれば使わないが、そんな注文をするのはホンメイくらいだ。
つまりレシピとして固定されている。
厨房の中央にあるテーブルで、生地を麺棒で延ばし、打ち粉を振りながら折りたたんでゆく。
それを包丁で切ってゆくと細長い麺になるという訳だ。
「へー」
アレットは興味深げにそれを見ている。
「これを切らずに延ばすことで麺にする」
イサムは切った麺をボウルに取り脇へ除ける。
生地を切り取り、テーブルの上で両手で転がして細長く延してゆく。
打ち粉を振りながら細長くした生地を取り、両手で引っ張るように延してゆく。
そして、片方の手で麺の先を取り、空いた手で麺の中央部分を握る。
延びた分を折りたたんで、更に延してゆく。
この時に、麺をテーブルに叩きつける。
「ほわー」
アレットはただただ驚嘆。
「これを茹でて、ソースやスープで食べるのは同じ」
イサムは、拉麺を茹でて既に作ってあるスープをかけた。
スープは牛骨を煮込んで作ったベースに、
旬の野菜と塩、ビール、牛肉のスライスを入れて煮たもの。
深底椀に入れている。
切った麺と延した麺、それぞれを出した。
「どっちも旨いねぇ」
アレットは喜んで食べている。
「そうだな」
イサムはうなずいた。
*
「香菜が欲しいな」
ホンメイはポツリとこぼした。
牛肉拉麺を食べての感想である。
蘭州拉麺では牛肉スライス、香菜、唐辛子ベースのタレをのせるのがポピュラーだ。
「ガリアにあんのかね?」
イサムは首を傾げる。
「素材探しなら、クラピソン商会へ」
言いながら、サシャが店に入ってくる。
「あんた、もうガロに居っぱなしじゃないの?」
ホンメイが呆れている。
「そ、そんなことはないです。1日置きにディビオに行ってますから」
サシャは頭を振る。
「ディビオに行くのかいッ」
「ガロに帰ってくんのかいッ」
ホンメイとイサムが同時にツッコミを入れた。
「確か、英語ではコリアンダーだったかな」
イサムが言うと、
「ああ、コリアンドルですね」
サシャは思い当たったようだった。
「でもなんでアヴァロンの言葉?」
「気にするな!」
イサムは誤魔化した。
「唐辛子は?」
「南米原産……」
「あ、そうか……」
ホンメイとイサムは顔を見合わせて、黙り込んだ。
「お二人は仲がよろしいですねぇ」
サシャがニヤニヤしながら見ている。
「なっ、そんなことはないッ」
ホンメイは慌てて否定する。
「ジャガイモ、トマト、ピーマンは入手できなさそうだな」
イサムがスルー気味に言うと、
キッ。
ホンメイがイサムを睨んだようだった。
イサムはスルーしてる。
「聞いたことないですね。お二人の故郷のものですか?」
サシャは不思議そうな顔をしている。
「まあ、そんなようなものだな」
イサムはため息。
「ナスはあるのか?」
ホンメイは聞いた。
この際、欲しい物が入手できるか確認する気のようだ。
「どんなものですか?」
サシャが聞いた。
「紫色で細長かったり、円形だったりする野菜」
イサムが言うと、
「ああ、オーベルジーヌですね」
サシャは即座に答えた。
「最近、ガリアにも入ってきてますよ。輸送費が掛かるので貴族様しか買いませんが」
「そうか」
ホンメイは購入を考えてる様子だが、
(そんな高いものを店じゃ出せないだろうなぁ)
イサムは思った。
コリアンドルはガリアでも栽培されているらしいので、すぐ入手してもらう事になった。
ナスは余った時に回してもらう。
クラピソン商会の存在により材料の入手法が広がったので、料理も充実してきている。
*
「おう、来たぞ」
ロワリエが店にやってきた。
「あ、ロワリエさん、ちゃっす。オールスターだな」
給仕をしていたイサムが言った。
「なんじゃ、アレットはどうした?」
ロワリエはテーブルへ座る。
その横には、ホンメイとサシャが居る。
もはや固定席で、常連客たちはその席を遠慮するようにすらなっていた。
「アレットは麺作りの練習中」
イサムは答えた。
「おお、そうか。アレットが料理を覚えてゆけば、のれん分けもできるのう」
ロワリエはガハハと笑った。
「のれん分けは、まだ早いんじゃないかなぁ」
イサムは腕組みしている。
店を運営してゆくには、料理だけではなく、力仕事や経営判断、マネージメントなどが必要だ。
まだ子供のアレットには荷が重い。
「みんな、集まってんな」
ドニがやってくる。
樽を運び入れていた。
仕入れた材料を運んできているのだった。
(ドニが居れば補助してくれるだろうけど、それじゃアレットの店なのか疑わしくなる)
イサムは思った。
アレットがもう少し大きくなればまた違ってくるだろうが、それまでに料理を教え込んでおかないといけないだろう。
「それはともかく、だ」
ロワリエが包子(バオズ)を食べながら言った。
包子がお気に入りらしい。
「お前らに料理を振る舞って欲しいのだ」
「なんか唐突ですね」
イサムは驚いている。
「家の者たちが是非食べたいと言うのでな、主に家内だが」
ロワリエは何やらぶっちゃけている。
「お土産は持って帰ってるのだがなぁ…」
「そりゃ、ロワリエ様だけ食べに来てりゃそうなりますよ」
ホンメイが笑いながら言った。
「そのようだ」
ロワリエは弱った顔をしている。
どこの世界の男も、奥さんには弱いようだ。
「てことは、コース料理ですか」
イサムは唸った。
「うむ」
ロワリエはうなずいた。
「ワシの家の厨房を使ってもらって構わんぞ」
設備や材料は好きに使って良いってことだろう。
ただ慣れてない設備で、普段通りの味になるか不安が残る。
また、いくつかの材料も持って行かなければならないだろう。
(ナトロン粉末とかな)
イサムは考えている。
「必要な素材は、御用意いたしますよ」
すかさず、サシャが言った。
「ああ、頼むよ」
イサムはどこか上の空である。
「とりあえず頼んだぞ」
ロワリエは言って、さっさと帰った。
お土産に包子と焼き餃子を持って帰るのも忘れていない。
「うーん、コース料理かぁ」
ホンメイは渋い顔。
「中華はデザートとか弱いからなぁ」
「美○しんぼかいッ」
イサムはツッコミを入れた。
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