第11飯(2) 中華麺、かん水、餡餅

第11飯(2) 中華麺、かん水、餡餅


2時間ほどしてから、ホンメイの屋敷に若い商人が訪ねてきた。


ひょろっとした小柄。

商人とすぐ分かる服装。

こざっぱりとした身なり。


「サシャです、よろしくお願いします」

サシャは丁寧に挨拶した。

ホンメイはクラピソン商会から有望な顧客だと思われているようだ。


「ホンメイです、よろしく」

ホンメイは挨拶を返す。


客間で応対している。

オレリーとオロールが、慣れた手つきで果物と飲み物を出した。

果物はお菓子の代わりである。

飲み物はエールだ。

エールはアルコール度数が低く、栄養を補う補助食品的な意味合いもあるとか。


「こちらは調理人のイサム」

ホンメイがイサムを紹介し、クレマンにした話をもう一度する。


「へえ、小麦粉の生地に練り込むんですかー」

サシャは目を丸くした。

「そう、食感がツルッとしてコシが強くなるんだ。果物をどうぞ」

ホンメイは話をしながら、果物をサシャとイサムに分け、エールを勧めた。

自分も果物を食べ、エールに口をつける。

客を応対する時の礼儀作法らしい。


これは自分も食べる事で毒が入っていないこと、客が遠慮して食べないのを防ぐ、といった意味合いがある。

客が遠慮したまま食べずに帰ってしまうと、後で、


「あそこの主人はシミッタレである」


と吹聴されたりする危険性がある。

こうした噂が立つと交友関係に支障があるので、持てなす側は先んじて客に勧める。

そして、食べ物に問題がないことを示すために自分も口にする。


といったような経緯でなり立った作法らしい。


「そういう訳で、ナトロンを是非入手したいんだ」

ホンメイは力説した。

「一応、灰汁で代用はできるんだけど、ホンメイさんの望むコシの強さを得るにはナトロンがいるんだ」

イサムが援護射撃をする。


「お話は分かりました」

サシャはうなずいた。

「ですが、ナトロンは希少でして…」

売れると思ったサシャは、値段のつり上げを考えているようだ。

商売人なら皆、同じことをする。


「そうらしいな」

ホンメイもうなずく。

「だが、考えてもみてくれ。

 君らは苦労してナトロンを運んできてる訳だ。

 そのナトロンを皆、喜んで買ってくれているか?」


「ええ、そういうリスクを回避し、常に買い手を確保してます」

サシャの表情が少し硬くなったようだった。


「そうだな、商人なら当然だ」

ホンメイは言った。

「そこに私だ。

 私だけでなく、イサムが働く「ヒゲ領主の店」でも使うだろう。

 この料理が広まってゆけば需要はもっと高まってゆくかもしれない。 

 つまり、今以上に恒久的な買い手が付く訳だ。

 リスクヘッジのために買い手を捜し回ったりすることはなくなると思わないか?」


「そ、そうですね」

サシャは言葉が出てこない。

恐らく、利益が出るという印象を持ったに違いない。

「私の一存では決められませんので、クレマンに報告した後、ご返事いたします」

サシャが「私に言えるのはここまで」という感じで言った。


「うん、良い返事を期待してるよ」

ホンメイは満面の笑顔で言う。

ウソ臭い笑顔である。


(ホンメイって商人並みの口の巧さだな)


もちろん、次の日にはOKをもらったのは言うまでもない。



そして、サシャからナトロンを入手した。

ホンメイは大量購入といきたかったようだが、


「今、在庫が厳しくて、次の輸送分が入るまではこの数量で」

サシャはそう言って数量を限定してきた。


元々、分配先が決まっているので仕方ない部分はあるが、意図的に量を搾っている節もあった。

これはホンメイの購入実績ができてから、段階的に数量を増やしてゆきたいという事である。


「ま、いいさ」

ホンメイは、ムリはしなかった。

まずは信用を得てから、ということである。


「サシャ、麺を作ってみたから食べて見てくれ」

ホンメイはニヤニヤしながら、言った。


サシャは毎日のようにホンメイの屋敷に来ていて、数量の打ち合わせや納入時期について話している。

それと、ナトロンを加工する工房に伝手を付けたりしてもいた。

麺に使うには鉱石の状態ではムリなので、粉砕して溶けやすくしたりする必要があった。


そして、イサムは屋敷のキッチンを借りて試作品を作っていた。

「オレリー、オロール、イサムからしっかり料理を習っておいてくれよ?」

ホンメイは、メイドたちに中華料理を会得させる気らしかった。


「なんです、これ?」

サシャは麺を見て、若干引いたようだった。

「小麦粉の生地をこんなに細長く切ってしまうんですね」

「うん」

ホンメイはうなずいて、

「おお、これこれ! 中華麺うめえッ!」

サシャの事など忘れたかのように麺をすすった。

ちなみに塩水鶏と野菜のスープに麺を入れた湯麺である。


「好吃極了(うますぎる)!」

ホンメイは拳を振り上げ、泣きながら叫んだ。


「ほえー」

サシャは、ただただ驚いて見ている。

「サシャさん、麺伸びちまうよ?」

イサムが言って、自分も麺を食べ始めた。

客間には持ってきてないが、オレリーとオロールの分も作っていた。


ちなみに木製の深底椀を使っている。

スープを入れる椀だ。


「おっ…」

サシャは麺を一口すすって、驚いた。

「これ、旨いです」

凄い勢いで麺をすすり、スープまで飲んでしまった。


「旨い、旨すぎる!」

某有名饅頭みたいに叫んでいる。

これを境にサシャは中華料理にハマってゆく。


更にサシャは仲間の商人たちに麺の旨さを伝えていった。


クラピソン商会から別の商会へ、

別の商会から商人ギルドへ、

商人ギルドから貴族へ、


という風にディビオで「麺」という料理があるという噂が広まっていった。


二、三日経ち、オレリーとオロールが中華料理を作るのにも慣れてきた頃、

「お久しぶりです」

パン屋組合のジャンとポールが、ホンメイの屋敷を訪ねてきた。


「新たな料理を作っておられると聞きまして」

「是非、我らにもお教え頂きたく」

ジャンとポールは言った。

「でも、パン屋で作る料理かな?」

イサムは首を傾げたが、

「いいじゃないか、細かい事言うなよ」

ホンメイは答えた。

「てか、パン屋組合でナトロンを使うようになれば、更に需要が上がって入手しやすくなる」

「そんなもんかな」

イサムは料理以外はイマイチである。


この後、ディビオのパン屋で麺料理が作られるようになっていった。


「それから、バオズなど蒸して作るパンは設備的に少し難しいところがありまして」

「蒸すのではなく焼くパンになりませんか?」

ジャンとポールは、さらに要望を出してきた。


金のあるパン屋は蒸し器を作らせる事ができたが、小さく金もないパン屋には設備投資自体がムリだった。

今ある設備はパンを焼くためのオーブンなり、フライパンである。


「じゃあ、餡餅(シィエンビン)だな」

イサムは言った。


いつものように小麦粉を捏ねて生地にする。


豚肉を包丁で叩いて挽肉にし、

調味料を入れて捏ねて、

餡を作る。


生地を切り分けて、

麺棒で平たく伸ばし、

餡をのせて包み、

平たく成形する。


オーブンで焼く。

フライパンなら表裏を焼く。

火力が弱い場合は、先に餡を焼いておく。


「へー、こんな物もあるんですね」

サシャがやってきて、餡餅をつまんでいる。


「これはいい」

「バオズ、ギョザの焼きバージョンですな」

ジャンとポールは感心していた。


「ふむふむ」

「お嬢様の朝食やおやつにもピッタリね」

オレリーとオロールもメモを取っていた。


「ところで」

試食会が終わり、ジャンとポールが帰った後、サシャが言った。

「海の向こうのアヴァロン島でモルトビネガーというものを作ってるそうなんです」


「へー、酢だよな、それ」

イサムがちょっと興味を持った。


「麦酢か。酢と言えば山西省の老陳酢と江蘇省の鎮江香酢だな」

ホンメイが知識をひけらかしている。


「今度、当商会で入手してみようかという話になってまして」

サシャはチラとホンメイ、イサムを見やる。


「ふーん、買い手を探してるんだな」

ホンメイはすぐにピンと来たようだった。


「へへ、おっしゃる通りです」

サシャは愛想笑い。


「それ、黒酢と同じなら糖酢肉が作れるな」

イサムが言った。

糖酢肉は、豚肉に片栗粉をまぶして揚げてから、黒酢と砂糖で甘酸っぱく味付けした料理だ。


「あと、刀削麺もな」

ホンメイも言った。

刀削麺は黒酢に絡めて食べる方法がある。


「いや、その前に、拉麺に挑戦したいな」

イサムは思い直したようだった。

「ああ、牛肉麺!」

ホンメイはよだれを垂らしている。


「なんだか分からないけど、旨い料理なんでしょうね」

サシャもよだれを垂らしていた。

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