第11飯(1) 中華麺、かん水
第11飯(1) 中華麺、かん水
ディビオへは整備された街道を歩いて行ける。
が、それでも1日を費やした。
「はー、疲れたぁ…」
現代人のイサムは歩くのに慣れていない。
「なんだ、だらしないぞ。男のくせに」
ホンメイはピンピンしている。
女神の命を受け、魔王を倒すみたいな事に従事していただけに、体力もこちらの世界の者と同じくらいあるようだ。
(武道もやってるしな…)
イサムはチラとホンメイを見やる。
素人のイサムにも、ホンメイは身体のバネが凄いのが見て取れる。
俊敏で無駄のない動きをする。
「男だから、とかってのは古いと思いまーす」
イサムは冗談めかして答える。
「バカモン! そんなんじゃ、もてないぞ」
ホンメイは叱責した。
「いや、別にもてたくねーし」
イサムは言った。
「草食系ってやつかい、やだねー」
ホンメイは肩をすくめる。
朝早くにガロを出て、
ずっと歩き詰めで、
途中の町で昼食を取った程度で、
ディビオに着いたのは夕方にさしかかる頃だった。
「ディビオには私の家があるんだ」
街に入るなり、ホンメイは言った。
「一応、財産は持ってるからな」
「へー」
「だから滞在費は浮く」
「正直、助かるよ」
イサムは素直に礼を述べた。
ホンメイの家は街の一角にあった。
「あ、お帰りなさいませ、お嬢様」
「今回の外出は随分、長かったですね」
家に着くと、使用人が出迎えた。
使用人はメイドっぽい服装をしている女性が2人。
「オレリーとオロールだ」
ホンメイが言うと、
「いらっしゃいませ、お客様」
「お嬢様の彼氏でございますか?」
オレリーとオロールはニヤニヤしながら言った。
「お、おい! そんなワケあるか!」
ホンメイは慌てて否定する。
(うわー、全否定かよ)
そんな風に否定されたらされたで複雑なイサムである。
「冗談です」
「お嬢様にそんな真似できませんよね」
オレリーとオロールは肩をすくめる。
「うるさい、そんな事はない!」
ホンメイは頭に血が上っている。
だが、この前の決闘のように、戦闘になると急に冷静になるから不思議だ。
とにかく、ホンメイの屋敷に逗留させてもらうことになった。
*
オレリーとオロールに弄られつつ夕食を済ませ、風呂に入った。
ホンメイの屋敷には浴室があった。
湯を溜める大きな桶があるだけの部屋で、
身体を洗うのも、お湯を桶の外へ流すのもはばかられるが、
壁と床はタイル貼りで、湯気を逃がす小窓が壁についている。
つまり、さっと湯に浸かってから、タオルで身体を拭いて上がるだけの簡単な風呂だ。
ちなみに屋敷にはトイレもあった。
個室トイレだ。
腰を下ろす木製の台座があり、そこに便壺が設置されている。
便壺には蓋をしてある。
香りの強い花が生けられていて、匂いを紛らわせるようにしているのだろう。
手を洗う為の水差しと陶器の洗面器が置いてあった。
風呂に入って、あてがわれた部屋に行く。
部屋はビジネスホテルのような雰囲気で、ベッドとデスクがあるだけの簡素な設備。
イサムはすぐに就寝した。
*
次の朝。
麦粥とガレットという簡素な朝食をとり、商人ギルドへ。
商人ギルドは街の中心地にあった。
大通りに面した平屋の建物で、商人たちが出入りしている。
「こんにちは。紹介状をもらって来たのですが」
ホンメイが挨拶すると、
「拝見致します」
ギルドの商人が紹介状を受け取った。
目を通す。
「ロワリエ伯爵のご紹介ですね、ご芳名をお伺いします」
「ホンメイです」
ホンメイが言うと、
「おー! エクレア・ルージュ!」
商人は驚いていた。
「ご高名はかねがね!」
とかなんとか言いながら、しばらく世間話をする。
「ア、ハイ。それで、ギルド長に取り次ぎを…」
「あ、そうでした。少々お待ちを」
商人は言って、建物の中へ。
「ギルド長がお会いになるそうです」
商人はすぐに戻ってきて、中へ促した。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう」
ホンメイがお礼を言って、商人の後について建物に入る。
イサムもそれに習った。
紹介状があるお陰か、一貫して丁寧である。
建物の中に入ると、部屋に通された。
「ギルド長のブリスです」
部屋には初老の男がいて、挨拶してくる。
「ホンメイです」
「イサムです」
ホンメイとイサムは挨拶を返した。
「おおッ、エクレア・ルージュ!」
ブリスもさっきの商人と同じ反応をした。
「ご高名は聞き及んでますぞ」
「はあ、どうも」
ホンメイは半ば苦笑気味に会釈する。
(ホンメイってホントに有名人なんだな…)
イサムは思った。
「どうぞ、おかけ下さい」
ブリスは2人にソファーに座るよう勧めた。
部屋の奥にはデスク。
入り口の方にはテーブルとソファーが置かれている。
ホンメイとイサムが並んで座ると、
「ロワリエ伯爵のご紹介ですな」
ブリスは言った。
「ナトロンを扱っている商人をお捜しだとか?」
「はい」
ホンメイはうなずいた。
「ここにいるイサムが私の故郷の料理を作れるのですが、
その料理に使う材料を求めておりまして、
その材料がナトロンからできるんです」
「……」
一気にしゃべったからか、ブリスは引いているようだった。
「お話は分かりました」
ブリスはちょっと間を置いて言った。
(要は売れれば良いんだ、とか思ってそうだな…)
イサムは何となく察した。
「ナトロンを扱ってる商人を紹介しましょう」
ブリスは続けて言った。
「ありがとうございます」
ホンメイとイサムは、お礼を言って退出。
そのまま、教わった商人を訪ねる。
その商人の屋敷はギルドのすぐ近くにあった。
「今日は、商人ギルドのブリスさんに紹介してもらったのですが…」
屋敷に着くと、ホンメイは出迎えた使用人に向かって来意を説明した。
「はい、しばしお待ち下さい」
使用人はそう言って屋敷の中に戻ってゆく。
5分もしないうちに使用人が戻ってきて、
「主人がお会いになります、こちらへどうぞ」
と2人を案内する。
屋敷の客室に通された。
「クラピソン商会のクレマンです」
やはり初老の男が出迎えた。
ガッシリした体躯の男で、声が良く通る。
「ホンメイです」
「イサムです」
先ほどと同じやり取りを繰り返してから、
「ご用件はどのようなもので?」
クレマンは聞いてくる。
「貴商会はナトロンを扱ってると聞きまして」
ホンメイは単刀直入に答える。
「ほう、それはまた…」
クレマンは少し言い淀んだ。
(あんなもの、何に使うんだ?)
といったニュアンスが言外に漂っている。
確実に何に使うのか検討がついてないのだろう。
ナトロン自体は鉱石として認識されており、そこから重曹と同じ効果の薬剤が作られる。
古くは防腐剤、染料に混ぜる薬剤の一種、掃除用の薬剤であり、
食物にはアクを抜く目的で使われる事も知っているだろうが、
基本的には薬剤である。
「実は、小麦粉生地に練り込んで使います」
ホンメイは言った。
「これを入れると食感が滑らかになり、コシが強くなります」
「はあ、そうですか」
クレマンはそれほど興味がないようだった。
「もちろん、代金は十分にお支払いします」
が、ホンメイが言うと、
「それはそれは、お買い上げ頂けるなら売らない道理はないですな」
クレマンはそう言って相好を崩した。
「ありがとうございます」
ホンメイはお礼を言った。
「ちょっと失礼します」
クレマンは一時退席した。
「この後、囚われの身になるんじゃねーよな?」
イサムがささやく。
「これから商売する相手を捕らえてどうすんだ」
ホンメイはジト目でイサムを見る。
「当会にサシャという者がおりますので、その者に手配させます」
クレマンはすぐ戻ってきて、2人に伝える。
使用人に伝言でも頼んできたのだろう。
「よい商売を期待してますぞ?」
クレマンは冗談っぽく言った。
「はい、こちらこそ」
ホンメイは笑顔で返す。
ガッチリと握手をして、屋敷から出た。
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