第10飯 中華麺、湯麺

第10飯 中華麺、湯麺


「お、すげえべっぴんさん」

ドニが言いながら、イサムたちのいるテーブルへやってくる。


「……べっぴんさんじゃなくて悪かったな」

ホンメイが毒を吐く。


「あ、スマンスマン。ホンメイさんは今日も美しいなぁ」

ドニは謝りながら、白々しい事を言う。


「フン」

ホンメイはそっぽを向く。

が、ちょっと機嫌が良くなっている。


「ドニ、重曹って扱ってるか?」

イサムはさっさと本題に入った。

見かねた訳ではなく、世間話などが苦手な性格なのだった。


「重曹?」

ドニは首を捻った。

「汚れを落とすのに使うヤツ」

「石鹸の元」

「乾燥剤……連想ゲームかよ」

イサムたちが特徴を言うと、


「あー、ナトロンのことか」

ドニは思い当たったようだった。

「だけど、あれは高いぞ?」


「え、そうなのか?」

イサムが驚いている。


「ああ、扱っている商人が少ないからな。

 それに産地からの輸送費が乗ってきてバカにみたいに高くなるんだ」

ドニは言った。

「この辺じゃあ、ロマーノのヴェスヴィオ火山とかで産出されてるらしいな」


「なら、灰汁か」

ホンメイがため息混じりに言う。


「それならガロでも作られてるから、安いな」

ドニがうなずく。

「でも、何に使うんだ?」

「麺を作るのに使う」

イサムは答えた。


「え、そんな調理法があるのかい?」

ドニは若干引いていた。


灰汁は掃除や選択に使う他にも食物のアク抜きに使ったりする。

なので、食べ物に使うことはできるという認識を持っている。


だが、ガロの町の人々は、小麦を練った生地を切って作るなどという想像もつかない料理に、

更に灰汁を入れるという想像もつかない調理方法は受け入れがたいようだった。


「木灰を水に溶かした上澄み液を入れて麺を打つと、食感が全然違ってくるんだ」

イサムが言った。

ちょっと熱弁気味である。

「そ、そうか」

ドニは引き気味ではあったが、うなずいた。



ドニは木灰を購入してきた。


昔は自分たちで適当に木や草を燃やして作って使用していたが、今は専門の業者がいる。

その方が効率よく生産できて均一な品質になる。

材料の木や草などを伐採しすぎない。

パンと同じように、統治者が管理するようになって久しい。


早速、イサムは木灰を水に浸し、上澄み液を作った。

上澄み液を使って麺を打つ。

それをスープに入れて出した。

具として塩水鶏、ポワロー、アスペルジュをのせている。


「お、これこれ」

ホンメイは涙を流さんばかりに喜んでいる。

「あら、ツルッとしてコシが違うわね」

「おお、これ、全然違うじゃねーか」

ヴェーニュス、ドニも納得したようだ。

「あー! 私が居ない間に何、作ってんの!」

アレットもこちらへやってくる。


客が皆、帰ってしまったのだった。


気付けばそろそろ夕方だ。


「うめえ」

中華麺をすすって、イサムは言った。


が、しかし。

灰汁で作った麺は、かん水を使った麺に比べてコシが足らない。


(かん水が要る……)

イサムはそう思っていた。



「かん水、重曹の入手方法を探してみるわね」

ヴェーニュスはそう言って、去って行った。


「ヴェーニュスさん、良い身体してんなぁ…」

ドニがつぶやいていた。

「あんたには奥さんがいるだろ」

イサムは咎めるように言った。


ドニは既婚者だ。

息子が2人いて、上の息子は露店を手伝っている。

大分、任せても大丈夫になってきたので、ちょくちょく「ヒゲ領主の店」に来ているのだった。


「うん」

ドニはうなずいて、目を閉じる。

何を思っているのか。


(どーせ、若返ってもう一回結婚してぇなぁとか思ってんだろうな…)

イサムは下らない事だと直感している。


次の日、ホンメイが店にやってきて言った。

「ウィンドウ見た?」

「え、いやまだだけど…」

イサムは何のことか分からず、あたふたしている。

「ウィンドウにはメッセージ機能もあるんだよ」

ホンメイは説明した。

「ウィンドウの右下あたりにあるだろ」

「あ、そうなの?」

イサムはウィンドウを開いて確認する。

右下に点滅する「メッセージ」という文字が見える。

それを押す。


『サルー、ヴェーニュスよん。

 昨日食べたのラーメンっていうんでしょ?

 惜しかったわ。

 また食べたいわね』

という文章が現れる。

『かん水、重曹の入手方法については、その手の商品を取り扱ってる商人がいるわね。

 その商人に会うといいわ。

 ア・ラ・プロシェーヌ』


「……商人?」

イサムが言うと、

「ああ、ディビオに商人ギルドがあるから、そこに行って聞けばいい」

ホンメイが答えた。


それから、イサムはアレットに料理の手解きをした。

元々、ガレットを作っていたこともあり料理の素養はあったワケだから、砂が水を吸うように吸収していった。


しばらく留守にするので、その準備である。


「ロワリエさんに紹介状を書いてもらった」

その間、ホンメイは準備を進めていた。

旅には慣れている。

イサムも準備らしい準備は必要なかった。

着替えと路銀くらいか。


「ホントはワシも行きたいんだが、今、手が離せなくてな」

ロワリエが店にやってきて、言った。

ディビオにある寄宿学校から息子が戻ってきているらしい。


ちなみにロワリエには2人の息子と娘がいる。

奥方は貴族の家系だが、貴族の作法や格式には無頓着な方だとか。


「いえ、あまり世話になっても申し訳ないですし…」

「それに、私が居るから大丈夫だよ」

イサムが言おうとしたのを、ホンメイが食い気味で遮った。


「うむ、エクレア・ルージュがおれば大概の事は問題あるまい」

ロワリエがうなずく。

ホンメイに対して、絶大な信頼を寄せているようだ。


「じゃあ、ワシは帰るぞ」

ロワリエは包子や葱油餅をお土産に持って帰った。


「さて、私たちも行きますか」

ホンメイが言った。

「ああ」

イサムはうなずく。


「2人とも気をつけて」

「早めに戻れよ」

アレットとドニが声を掛けた。


歩きでディビオへ。

イサムとホンメイはガロを後にした。

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