第9飯 塩水鶏、鶏のスープ

第9飯 塩水鶏、鶏のスープ


「こんにちは」

店に客が入ってくる。

身なりの良い女だ。

気品があり、豊満な感じである。


「あっ…ッ!」

ホンメイが女に気付いて、驚き固まっている。

「あら、お久しぶりね」

女は言って、ホンメイの向かい側の席に座る。


「いらっしゃい」

アレットが気付いて駆け寄ってきた。

「注文は何にします?」

「お勧めは何かしら?」

女は、にこやかな表情で聞いた。

「バオズです、肉が入った蒸しパンです」

アレットは元気よく答える。

「それじゃあ、そのバオズを」

女が言うと、

「はい、まいどー!」

アレットはやはり元気よく言って、厨房へ消える。

タタタと足音が響いた。


「何しに来たんです、ヴェーニュス様?」

ホンメイは小声で聞いた。

「あら、何か用がなければ来ちゃいけないのかしら」

ヴェーニュスと呼ばれた女は、悪戯っぽく答える。

「……いや、そんなことはないけど」

ホンメイはゴニョゴニョと言う。


「お待たせ」

すぐに、アレットがお盆を持って戻ってくる。

包子(バオズ)の入った木の皿をテーブルへ置いた。

イサムが売れ行きを見て準備しているので、売れ線のものはすぐに供給できる。


「あら、美味しいじゃない」

ヴェーニュスは包子を一口食べて、言った。

「まあね、中華料理が旨いのは当然だよ」

ホンメイはフフンと得意げになっている。

「伊達に三大料理の一つじゃないよ」

「この世界では東方は龍人族が支配してるから、こういう料理はないものね」

ヴェーニュスは肩をすくめる。

「龍人族は人族とは違う味覚で食習慣も大分違う、残念ながら」

ホンメイはため息。

「近いところで中央アジアの民族とかはいるわよ?」

ヴェーニュスは、包子を食べながらペラペラとしゃべり出す。

「でも、中華料理とは違うでしょ」

ホンメイはまたため息。


「??」

アレットは二人の会話についてゆけず、唖然としている。

「あ、難しい話だったかしら」

ヴェーニュスは微笑んでから、言った。

「これを作ったコックに会ってみたいわね」

「あ、はい、ちょっと待って下さい」

アレットは厨房へ行った。


「コックのイサムです」

厨房から出てきたイサムは挨拶した。

「私はヴェーニュスと言います」

ヴェーニュスはにこやかに挨拶を返す。

そして、

「アレットちゃんは他のお客さんの相手をしててね」

ヴェーニュスが言うと、


すっ


アレットは何も言わず他の客の方へと行ってしまった。

他の客と話し込んでいる。


「ん? なんだ?」

イサムは不思議そうな顔をする。

(今、ヴェーニュスさんの眼が光ったような…)


「人払いよ」

ヴェーニュスは悪戯っぽく微笑む。


「ホンメイ、この人、何なんだ?」

イサムはホンメイを見た。


「……そのう、なんというか、女神様だな」

ホンメイは歯切れが悪い。


「へ?」

イサムは目が点になっている。


「この人が、私やイサムをこちらへ呼んだんだ」

ホンメイは説明した。


「女神様でーす」

ヴェーニュスはVサインをしてみせる。

少し古臭い表現だ。


「…ってことは、魔王を倒せとか言われちゃうワケか?」

イサムは言った。

コテコテだが、異世界転移ものと言えば魔王退治だ。


「うーん、それはもう終わったわね」

「魔王とは違うけど、確かにクリア済みだな」

ヴェーニュスとホンメイは顔を見合わせる。


「え、じゃあ、オレはなんで呼ばれたんだ?」

イサムは聞いた。


「この娘が課題をクリアしたご褒美よ」

ヴェーニュスは答えた。

「つまり、この世界には中華料理がない。だから中華料理を作れる者を呼んでもらったんだ」

ホンメイはちょっと言いにくそうに答える。


「えー」

イサムは唖然としている。



「ま、いっか」

イサムは、あっさりしていた。

「ここも慣れたら苦にならないし、料理を作って暮らせるから楽しいし」


イサムは中華料理店の雇われ調理師だったが、競争が激しく浮き沈みのある現代日本の飲食業界で生き残るのは難しかった。

既に両親とは死別しており、兄弟姉妹も親類もいない。

独りになったイサムは、手に職を付けて生計を立ててきたのである。


「それに美女もいるし」

ホンメイは冗談っぽく言った。

少し、ほっとしているように見えた。


「へ? どこに?」

イサムはキョロキョロと周囲を見回す。

「フンッ」

ホンメイはイサムの頭を叩いた。

「いてぇ」

イサムは頭をさすっている。

つかみはオッケー的な感じだ。

「ふふふ」

ヴェーニュスは笑っている。


「ところで、ヴェーニュスさん」

イサムは改まっている。

「何かしら?」

ヴェーニュスは聞いた。

「かん水が欲しいんだけど、入手できないかな」

イサムは言った。


今現在欲しいものである。

女神だと言うなら、入手方法も知っているだろう。


「かん水というのは炭酸ナトリウムと炭酸カリウムの混合物のことね」

ヴェーニュスは、何やら手にした物をのぞき込みながら、言った。

スマホっぽい。


「え、スマホ?」

イサムは目を疑った。


「スマホに似せてるけど、神族が使う端末よ」

ヴェーニュスは言った。


(いや、明らかに検索してただろ、今ッ)

イサムは思ったが、口にはしなかった。


「重曹も使えるって書いてあるわね。灰汁も使えるようね」

ヴェーニュスは続けて言った。


「重曹ってある?」

イサムはホンメイを見た。

「知らん」

ホンメイはそっぽを向く。

「現地人に聞くべきね」

ヴェーニュスが助言する。


「アレットはあんまり物を知らないからな、ドニに聞こう」

イサムは言った。

アレットが聞いたら怒るだろうが、当人は他の客を相手するのに忙しそうだった。


「ドニはどこだ?」

ホンメイは周囲を見回すが、

「まだ来てないよ」

イサムは頭を振る。


「じゃあ、その人が来るまで料理を食べましょうか」

ヴェーニュスは包子を食べている。

気に入ったようだった。


「おk、他の料理も見繕ってくるよ」

イサムは厨房に行き、別の料理を持って戻ってくる。

「塩水鶏だ」

イサムは木の皿をテーブルに置いた。

皿には茹でた鶏肉の切り身が乗っている。


作り方は以下。


洗った鶏肉を鍋に入れ、

鶏肉が浸るくらいの水を入れ、

火をかけて沸騰させる。


本来は生姜を入れるが、生姜がないので代わりにポワローを入れている。


沸騰したら火を弱くする。

20~30分煮る。


鶏肉を取り出す。

お湯は捨てずにスープとして使う。


暖かいうちに小さじ1杯くらいの塩を皮目に均等に揉み込む。

裏返して同じように塩を揉み込む。


粗熱が取れたら、冷暗所で冷やす。

出てきた肉汁は鍋の湯に戻す。


「うわ、これ好きなんだよな!」

ホンメイが一口食べて、

「んー! 好吃(おいしー)!」

喜んでいる。

「あら、美味しい」

ヴェーニュスも舌鼓を売っている。


「それから、鶏のスープに旬の野菜を入れて煮込んで、ウドンを入れてみた」

イサムは続けて汁に入った麺を持ってくる。


「湯麺か!」

ホンメイは両手を胸の前に組んで言った。

感動している。

「へぇ、小麦を切ったものね」

ヴェーニュスはフォークでウドンを掬っている。

箸は使えないようである。


「鶏のスープは出汁として他の料理にも使える」

イサムは得意げに言った。

今日の包子の餡にも隠し味的に使用している。


「鶏精(鶏ガラスープの元)だな!」

ホンメイは気付いた。

「そう、中華には必ず使われる調味料の代わりに入れてみた」

イサムは言った。


「へー、必要は発明の母ってヤツね」

ヴェーニュスは感心している。


と、そこへ誰かが店に入ってくる。

ドニだ。


(続く)

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