第8飯 麺条・烏冬麺

第8飯 麺条・烏冬麺


「タイヘン、タイヘン!」

アレットが店に入ってくる。

息が上がっている。


材料の買い出しにでていたのだが、慌てて戻ってきたようだった。


「どうした、アレット?」

イサムが厨房から顔を出す。


店にいた客たちもアレットを見る。


「ホンメイさんが、果たし合いするんだって!」

アレットは少し息を整えてから、言った。

「は? なんだって?」

イサムは、その意味するところがよく理解できなかったようだ。


「だからァ、どこからか来た旅の剣士がホンメイさんに果たし合いを申し込んだのよ!」

アレットは地団駄を踏みつつ、言った。

「えー、そんな事、よくあんのか?」

イサムは驚いて目を丸くしている。


「あんまりないけど、希によくある」

アレットは何を言いたいのかよく分からない。


「面白そうだな」

「いこーぜ」

話を聞いていた客たちは、こぞって見物に行くようだ。

料理の入った木の皿を持って、ゾロゾロと外へ出て行く。


「おいおい、皿持って逃げるんじゃねーぞ」

イサムは客たちに釘を刺した。


「分かってるって」

「イサムは神経質だなぁ」

客たちは笑いながら言った。

ガロの町に住む連中なので、顔見知りになっている。


「大丈夫、逃げても取り返しに行くから」

アレットが得意げに言った。



結局、店を開けたまま、皆で見物に行った。

まるで、家に鍵を掛けない田舎のようだ。


(……って、ガロは十分、田舎か)

イサムは思いながら、皆について行く。


果たし合いの場所に着くと、人だかりが出来ていた。


「お、お前らも見物か?」

と、声を掛けてきたのはロワリエである。

ガロに着いてすぐ果たし合いを見かけたらしく、そのまま見物としゃれ込んでいるらしい。


「ホンメイ、大丈夫ですかね」

「ねえ」

イサムとアレットは心配そうな顔をしたが、

「心配?」

ロワリエは一瞬、何を言ってるのか分からないという感じで言う。

「ああ、案ずる事はない」

ロワリエは、フンと鼻を鳴らした。

「見てればすぐにあやつがなんでエクレア・ルージュと呼ばれとるか、分かるぞ」

全く心配要らないという表情だ。


「へ?」

「ふーん?」

アレットとイサムは不思議そうにしている。


と、その時、相手が剣を抜き放った。


ゆくぞ!


とか言ってるようだった。


ホンメイは相手の正面に立ち、同じように剣を抜き放った。


緊張が満ちる。


観客は皆、固唾を呑んで見守っている。


相手がサッと剣を振り上げて詰め寄る。


ホンメイも剣を振り上げた。

同時に身をよじっている。


相手が剣を振り下ろすのに合わせ、ホンメイは被せるように剣を振り下ろす。


ピタリ。


ホンメイの剣が相手の首筋に斬り込まれる寸前で止まった。

相手の剣はホンメイに届いていない。


「むっ…」

相手は反射的にそれを剣で払った。


キン。


と鋭い音が響く。


しかし、その勢いを踏み台にするようにして、ホンメイは逆の方向からまた斬り付けた。


ピタリ。


ホンメイの剣がまた止まる。

刃は相手の首筋にあてがわれている。


「くっ…」

相手は呻いた。


「ここで引き切れば動脈が切れて致命傷だけど?」

ホンメイは言った。


「……私の負けだ」

相手は負けを認めた。



「わー、スゴい!」

アレットが尊敬の眼差しを向けている。

「いや、それほどでもない」

ホンメイは誇らず、淡々としていた。

「てか、ああいうの来すぎてもう飽きてるんだよねぇ…」


「な、言っただろ」

ロワリエが焼き餃子と肉包(ロウバオ)を食べながら、言った。

「こやつの剣の腕前は化け物みたいなのだ」

「化け物はヒドイな、こんなに可憐な乙女なのにィーッ」

ホンメイは猫を被っている。

が、誰も反応しなかった。


「へー、ただのリアクション芸人かと思ってたよ」

イサムが感心している。

「なにーッ、私はリアクション芸人じゃないぞ! ヤオサンリウ!」

ホンメイは顔を赤くして抗議した。

両手を振り上げて怒っている。


「だから、そこがリアクション芸人だっての」

イサムはため息。


「許さんぞ、なんか旨いもの作ってこい! ヤオサンリウ!」

ホンメイはプンスカと怒って、言った。

「なんだよ、それ」

イサムはフーッとため息。


「とにかく作ってこい!」

ホンメイはギャーギャー叫び始めたので、

「うへー、分かったてば…」

イサムは溜まらず退散。

厨房へと消える。


「よ、皆、集まってんな」

そこへ、ドニがやってきた。

「なんか、ホンメイさんの噂で持ちきりだぜ?」

噂を聞いて来たらしい。


「あー、いつもの事だよ。面倒臭い」

ホンメイは興味なさそうにしている。

素っ気ない感じだ。

皆、食い物に対するところしか見てないので、意外だと思っている。


「こやつが戦に参加してた時はもっと凄かったぞ。まさに化け物だったぞ」

ロワリエがしかめっ面で言った。

「大体、エクレア・ルージュという二つ名も返り血で真っ赤に染まったからついた……」

「その話はいいじゃないですか」

ホンメイはぶすくれている。

「てか、食い物屋でする話じゃないですよ」

ホンメイは言って、ロワリエの背後を示した。

「ん?」

ロワリエが振り返って見ると、


「うえー」

「血染めって…」

客たちは青い顔をしていた。



「お待たせ」

イサムが持ってきたのは、麺であった。

木の皿に麺が盛られていて、皿の縁にソースがのせてあった。


小麦粉に塩と水を入れて、

捏ねて、寝かせてを繰り返し、

また寝かせた後、

打ち粉をして、

麺棒で平たくのばして、

折りたたんで、

肉切り包丁で切り揃え、

麺がくっつかないよう打ち粉をして、

鍋に沸かした湯で茹でたものだ。


肉切り包丁は麺切り用に買ってきておいたものだ。


「麺条(ミィエンティアオ)か! 拌麺(バンミィエン)だな!」

ホンメイは目の色を変えた。

麺好きらしい。


中国語では、麺というのは小麦粉を練った生地を使う料理全部を言う。

小麦粉生地で作った料理全般は麺食(ミィエンシー)。


麺条は日本で言う麺に相当する。

ソースに絡めるのは拌麺、スープに入っていれば湯麺(タンミィエン)である。

ちなみに担々麺は、日本で言う棒手振、棒を担いで売り歩いていた事から「担々麺」と言われるらしい。


「かん水がないから、烏冬麺(ウドン)だけどな。ソースを絡めて食べてくれ」

イサムは食べ方を皆に教える。


ソースと言うものの、実質は炒菜(チャオツァイ)だ。

以前、ホンメイに出したものの中から「豚肉とスイスチャード(フダン草)の炒めもの、ニンニク風味」を作っていた。


「うめえ!」

ドニは一口食べて叫んだ。

「うまっ!」

アレットも驚いている。


皆、箸が使えないので、フォークを使っていた。

ちなみに箸は木の枝を削って作ったもの。


「どれ?」

ロワリエもフォークを取って麺を口に運ぶ。

「おッ…」

その顔に驚きが現れる。


「旨い、旨い!」

ホンメイは箸で麺を食べた。

「麺が食べれるなんて幸せ~ッ」


「よっぽど好きなんだな」

イサムはハハハと苦笑。

「ま、これはどっちかっていうと中華料理ってか日本料理だけどな…」


「いいんだよ、旨けりゃ!」

言って、ホンメイはズルズル麺をすすっていく。

「あ、またお腹壊しちゃうよ、ホンメイさん?」

アレットが心配している。


「だいじょび、だいじょび」

ホンメイは気にしない。


次の日、ホンメイはまたお腹を壊したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る