第7飯 饅頭、包子②
第7飯 饅頭、包子②
本作の舞台になっている土地はガリアだ。
ガリアは三大地域に分れて統治されており、ロマーノ帝国の属州だった時代の区分と言える。
北から南へ、
ガリア・ベルギカ、
ガリア・ルグドゥネンシス、
ガリア・アクィタニア、
の三大地域である。
ルグドゥネンシス以北は、古くはガリア・コマータと称されている。
長髪(コマータ)の習慣があったからである。
ちなみにアクィタニアは、古くはガリア・ウルテリオル(向こう側のガリア)と言われていた。
向こう側とこちら側の境目にはアルペース山脈がそびえ立っており、そこをもってこちら側か向こう側に分けられている。
ガリア・キテリオル(こちら側のガリア)はロマーノ帝国に接収されていて、ガリアから除外されている。
ロマーノ帝国が勢いを失いつつあるのは、南方の国々や東方の国々が積極的に侵攻してくるからであった。
この二つの地方に住むのは、そもそも人類ではなく、獣や龍の特徴を持つ人々だ。
南方に住むのは、獣の特徴を持つ獣人族。
東方に住むのは、龍の特徴を持つ龍人族。
これらの種族と幾度となく交戦し、外交に苦心していく内にロマーノは疲弊し、権勢を失いつつある。
それでも人類の内部でロマーノを倒そうという潮流が起きないのは、他種族との戦いにロマーノという力が必要だからだ。
しかし、このような背景は特に物語には関わってこない。
*
ロワリエの管轄する土地は、ルグドゥネンシスの北東にあるブルゴ・コンテと呼ばれている地域圏の中にある。
ベルギカ寄りの地域で、北には平原が広がっている。
ロワリエはいわゆる辺境地域の領主であり、辺境伯と呼ばれる者の一人だ。
戦で功績を認められ、辺境の土地に封ぜられている。
ロワリエは、パン屋組合と話をするためにディビオを訪れた。
ディビオはブルゴ・コンテの大都市であり、この辺一帯のパン屋組合の総本部がある。
ディビオを治める公爵に挨拶をしてから、パン屋組合を訪れた。
「お久しぶりですな、ロワリエ伯」
パン屋組合の頭領フェリクスは屈託なく挨拶した。
「久しぶりですな、フェリクス殿」
ロワリエは挨拶を返す。
「どうぞ、お座り下さい」
「うむ」
テーブルを挟んで向かい合う。
ロワリエは来意を告げた。
「ふーむ、事の次第は分かりましたが……」
フェリクスは難しい顔をしている。
パン屋組合はそれほど厳しく統制されてはいない。
規則としては組合の定める修行を終え、領主に規定の料金を払って開業許可をもらえばパン屋として認められる。
修行にしても親方の判断で短縮される場合が多い。
だが「新たなパンを開発したからパン屋として認めろ」という要求は初めてであった。
「まあ、ムチャを言ってる事は分かっている」
ロワリエはヒゲを撫でながら言った。
「なので、そのパンを作るので食べて見てもらいたい。許可するか否かはその後で決めてもらえば良い」
ちなみに先に訪れた公爵にはこの話を通している。
「公爵様に話を通しておられるのであれば、試食をしてみましょう」
フェリクスは悩んだが、最終的にはうなずいた。
結局は政治力がモノを言う。
*
ロワリエはフェリクスが派遣したパン職人を伴って自領に戻ってきた。
自分の屋敷でパン職人たちを歓待をし、翌日、ガロへやってくる。
「おい、パン屋組合の職人を連れてきたぞ」
アレットの店である「ヒゲ領主の店」に来るなり、ロワリエは言った。
「どうも」
「お世話になります」
職人たちは意外に礼儀正しい。
「ジャンです」
「ポールです」
職人たちは自己紹介をした。
「新しいパンをお見せ頂けると聞いて」
「私、興味あります」
職人達は言った。
「イーストを使わせてもらいます」
イサムは言った。
「はい、これに」
ジャンは荷物の中から布の包みを取り出す。
パン種の形をしている。
これを必要量削って使うようだ。
要するに生イーストというヤツである。
イーストは英語で酵母という意味である。
イサムが言ったイーストは単一酵母のことだが、それとは違って様々な菌が混ざっている天然酵母と言うヤツだ。
同じ単語でも意味合いに違いが生じているのだった。
「ま、天然酵母でもいいか」
イサムは適当だった。
ボウルに小麦粉を入れ、
塩と生イーストを適量入れ、
ぬるま湯を入れながらかき混ぜる。
生地を捏ね、
まとまったらボウルに濡れ布巾を掛けて寝かせる(一次発酵)。
寝かせてる間に、
生地の中で炭酸ガスが発生し、
ふわっとするらしい。
生地を寝かせている間に餡を作る。
豚肉をナイフで叩いて挽肉にし、
ポワローを細かく切って入れ、
塩、ビールを入れて捏ね、
粘りが出るまでしっかり混ぜる。
生地を十分に寝かせたら、
ガスを抜きながら生地を丸め、
ナイフで8等分くらいに切って、
分割した生地を丸め、
乾燥しないよう再び濡れ布巾をかける。
しばらく寝かせた後、
生地を麺棒で平たく伸ばす。
真ん中を厚めに端を薄くする。
餡を包んで、
ひだを寄せながら包んでゆく。
またしばらくおいて二次発酵をさせる。
そして鍋に湯を張って沸かし、
その上に底が網になった鍋 (特注品)を乗せて蒸す。
「できたぞ」
イサムは乾いた布巾を使って鍋の取っ手を掴み、中の包子を箸で取り出す。
大きめの木の皿に乗せてゆく。
蒸す時に、鍋の底の網にくっつかないよう、洗って正方形に切った葉っぱの上に乗せていた。
「おおッ!」
「これはッ!」
ジャンとポールは驚いていた。
彼らの常識ではパンは焼くものであり、蒸すという調理法は思いつかないのだ。
「うーん、久しぶりだな、この香り!」
ホンメイがよだれを垂らしながら言った。
「いつ来たんだよ?」
イサムはジト目である。
「なんか旨そうだな」
ドニもやってきた。
匂いを嗅ぎつけたのだろう。
「では、みなさん、試食を」
アレットが「私の店!」とばかりに仕切って、皆に包子を配る。
「では頂くとするか」
ロワリエが言う。
それが合図になって、皆、包子にかぶりつく。
「旨い!」
「うん、いいな、これ!」
ジャンとポールは驚くやら、喜ぶやらである。
「おっ…!」
「うめえ!」
「うまっ!」
ロワリエ、ドニ、アレットは目を丸くした。
「う……、うーまーいーぞーッ!!!」
ホンメイに至っては、口から光線を発して大阪城を身に纏いそうな勢いである。
「これは我らにお教え頂けるので?」
「フェリクス親方にはちゃんと覚えてくるように言われてますので」
ジャンとポールは意気込んでいる。
「もちろんです!」
「その代わり、ルーヴュルは使わせて頂きますが」
アレットとイサムは揉み手しながら、営業スマイルで言った。
*
ジャンとポールは包子の作り方を習得して帰って行った。
パン種は定期的に届けにくると言っていた。
自分たちがイサムの包子を食べる機会を逃したくないだけである。
「これは名物がまた一つ増えたのう」
ロワリエは包子が気に入ったようだった。
基本、肉が入っていれば何でも旨いと感じる人間なのだ。
「ロワリエ様、ガロに人が呼べますね」
ドニが商売人らしく勘定をしている。
「うむ、商業にて振興するのは良い事だ」
ロワリエは為政者らしくうなずく。
「こっちも食べてくれよ」
イサムは皿を持ってくる。
餡の入っていない饅頭と野菜餡の菜包だった。
「ふむ、これもいけるな」
ロワリエは饅頭と菜包を食べて、言った。
「でしょ?」
ホンメイは食いだめと言わんばかりにバクバク食べ続けている。
「ホンメイさん、お腹壊すよ?」
アレットが心配して言ったが、
「平気、平気ッ」
ホンメイは全く取り合わない。
その後、ホンメイが腹を壊したのは言うまでもない。
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