第2飯 水餃子

第2飯 水餃子


アレットのガレット店はそれなりに繁盛した。

これまで閑古鳥が鳴いていたのが、売れ出したので重畳というやつである。


イサムはアレットの露店に住まわせてもらっている。

「これ、今日の給金ね」

アレットは給金をイサムに渡した。


毎日の売り上げから、露店の賃貸料、材料費などの必要経費を引いて出た利益を折半している。

折半してもこれまでの利益より多いというのがあった。


「お、済まねえな」

イサムは遠慮なくもらった。

少なからず所持金ができたので、それで生活用品を購入。

主にドニの露店から買っていた。


アレットは露店の近くに家があり、そこから通ってきていた。

露店で働くのには理由があって、生活のためなのはもちろん、病気がちな母親を養うためだと言う。


「露店には風呂がないけど、みなどうしてんだ?」

イサムはドニに聞いた。

ドニは店が暇なので、イサムと話をしている事が多い。

「町に風呂屋があんだよ、今度行ってみるといい。てか、今までどうしてたんだ?」

ドニが不思議そうに言うと、

「お湯を沸かしてそれで身体を拭いてた」

イサムは答える。


水は町の広場に噴水があって、それを使っている。

この界隈の者、皆が使える公共の財産と言える。

皆、水瓶を持っていてそれで水を必要な分だけ汲んでくるのだった。


「肉を買いたいんだけど、どこで買えるんだ?」

「肉屋が集まる市があんだよ」


「野菜は?」

「野菜なんかどうすんだ? 市で売ってる」


ちなみに野菜はあまり食べないそうだ。

肉中心、小麦製品中心の生活だ。

フルーツもあれば食べるのだが、季節の物なので時期にならないと出てこない。


イサムは新たな料理を作った。


小麦粉を捏ねて生地を作るところは葱油餅と同じ。

その生地を寝かせて、

適度な大きさに切り分け、

まな板の上で転がして細長い棒状に成形、

包丁で適度な大きさに切り、

麺棒で平たく丸く生地をのばす。


生地とは別に餡を作っておく。

肉を包丁で叩いて挽肉にし、

塩、卵白、酒を入れ、

粘りが出るまで捏ね、

平たく丸くした生地に乗せて包む。


残った卵黄はスクランブルエッグにする。

包んだものを茹でて、木の皿によそう。


「小麦粉、肉、ポワローを使った料理を作ってみた」

イサムは木の皿にそれをよそっていた。

「なにこれ?」

アレットが聞いた。

「ギョーザだ」

イサムは答える。

水餃子というヤツだった。

「調味料が塩くらいしかないから、味は薄めだけどな」

「御託はいいから、はやく食べようぜ」

ドニがイサムの言葉を遮った。

興味津々といった様子である。


「うめえ!」

「んまい!」

ドニとアレットは叫んでいた。

噛むと肉汁がじゅわっと口内に広がる。

ポワローが入っていて、その香りが肉の臭みを軽減していた。

塩で味付けしてあるので、タレが要らないようにはなっている。


「生姜や醤油があればもっと味付けが良くなるんだけどな、あと片栗粉」

イサムは納得のいく味だとは思ってないようだったが、現状これで精一杯というヤツである。

「ガルムっていうんだっけ、そういう調味料はあるかな?」

イサムが言うと、

「ガルム?」

アレットは首を傾げ、

「確か、魚醤のことだっけか」

ドニが答える。

「ロマーノで作られてるらしいな」

「ロマーノ?」

イサムも首を傾げた。

「帝国って言った方がいいかな」

ドニは説明する。


ロマーノは強大な軍事力を有す国で、先進文明として周辺国に多大な影響を与えている。

技術や文化が、この小さな町ガロにも入ってきている。


「まあ、オレらには手には入らんけどな」

「お金もないし、商人も金持ちのためにしか運んでこないし」

ドニとアレットが言って、お互いの顔を見合わせる。

この辺では定番の冗談(自虐系)らしい。


「それより、この料理……なんて言うんだっけ? これもメニューに加えようぜ」

ドニが言うと、

「ギョーザ」

イサムは答える。

「時間が経つと固くなるから、店先で提供するのが良いかもな」

イサムはうーんと唸っている。


アレットは、テーブルを2つと椅子を8つ購入。

露店の前に設置した。

(なんか、アジアっぽい)

イサムは心中思ったが、声には出さなかった。

それからアレットは木の皿、木の匙をいくつも購入して水餃子用にする。

もちろん、ガレットや葱油餅を店先で食べる客であっても使用可能だ。


「あとは食器を洗う時に石鹸を使いたいな」

「えー、あれ、高いよ」

イサムが言うと、アレットが嫌そうな顔をした。

「衛生面で必須だろ。病気が蔓延しないようにするべきだ」

「なんだかよく分からんが、石鹸ならウチの店にあるぜ」

ドニが商魂たくましく売りつけようとしてくる。

これまでもバケツに水を汲んで食器を洗ってはいたが、それに石鹸をプラスすることになった。



「さー、他じゃ食べれない、珍しい肉の小麦生地包みを茹でたものだよ!」

アレットが景気よく売り込みをする。

「ふーん、なんか面白そうだな」

町の連中も面白がって食べに来ている。

「まいどーッ」

これもそれなりに売れて、メニューの一つに加えられた。

「ゆで汁を飲むと喉が潤うよ」

イサムが言って、食べ終わった客にゆで汁を振る舞った。

「お、いいねえ」

「これも料金の内ってか」

町の連中はちょっとしたサービスみたいな感じで受け取ったようだ。

ガロは比較的水が豊富な方なのだが、この地域全体では水は貴重なので、無駄にしたくないという意識があるのだろう。

ガレット、葱油餅(ツォンヨウビン)、水餃子と順調にメニューが増えていった。


「イサム、おめえ、他に何が作れんだい?」

ドニが聞いてくる。

相変わらず自分の店をほったらかして、アレットの店に入り浸っている。

「色々作れるけど、材料が足りなくて作れないのもある」

イサムは餃子を食べながら答えた。

賄いである。

なぜかドニも一緒に食べていたりする。

「へー」

アレットは何も考えて成さそうな表情。

餃子を食べるのに専念してる。

「何が足りねえんだい?」

ドニが聞くと、

「イーストとか、かん水とか」

イサムはまた答えた。

「……ルーヴュル?」

「パン作る時に使うヤツかな?」

アレットとドニが顔を見合わせる。

「じゃあ、あるんだな」

イサムの顔をパッと明るくなる。

イーストがあれば、饅頭、包子(餡入りの饅頭)が作れる。

が、

「あるけど、パン屋組合に入ってないと使わせてもらえないよ」

アレットは渋い顔をした。

「なんだそれ?」

「パンってのは庶民の生活には欠かせないからな。オレらも毎日パン屋から買ってるし」

ドニが説明した。

出来るだけ分かりやすくしてくれてるのだろう。

「お上が統制してる品ってことだ」

「はえー」

イサムは面食らっている。


「てか、その次のかん水って何だ?」

ドニが聞き返すと、

「ゲッ、マジか?! かん水ないの??」

イサムは驚いて椅子から落ちそうになる。

中華麺は作れないようだ。

「じゃあ、麺はウドンだな…」

つぶやくイサム。

「なんでぇ、そのウドンってのは?」

ドニが聞いた。

実際、付き合いが良い。


そんなこんなで露店を続ける。

新たなメニューは置いといて、当面は3品でやってゆくことになった。


「仕入れが面倒なんだよね」

アレットがぶっちゃける。

「店主の意向には逆らえないな」

イサムが冗談交じりに言う。

「はっはー、だろ!?」

アレットは調子に乗って笑った。

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