第3飯 焼き餃子

第3飯 焼き餃子


餃子が増えて賑わってきた頃、妙な客が来た。


「おい、グルグルというのはここで売ってるのか?」

ふと野太い声がして、

「ええ、そうですよ」

アレットが客を見やると、ひげ面の身なりの良い男が立っていた。

人相がすこぶる悪く、体格も良い。

しかめっ面で、腰に剣を佩いていて、威圧感もあった。

「ひッ…」

アレットはたちまち萎縮したが、

「グルグルですか、ちょいとお待ちを」

商売根性で何とか答えた。


ちなみにグルグルとは葱油餅のことだ。

この辺の者たちは皆、形状を見てそう呼び始めたのだった。


「イサム、グルグルいっちょう!」

「あいよ、店長」

イサムは手早く生地を捏ねて焼いた。

「お待たせ、熱いので布でくるんでください」

「おう!」

ヒゲ面の男は懐から布を出して受け取る。

そして、豪快にかぶりついた。

「……旨い」

ヒゲ面の男は、おっという顔をした。

「へへッ、そうでしょ?」

アレットは得意げに言ったが、

「だが、満足には至らん。肉を使ったものはないのか?」

ヒゲ面の男はすぐにしかめっ面に戻る。

「はあ、これしかありませんが…」

「なにィッ!?」

ヒゲ面の男は怒鳴った。

「ひッ…」

アレットは思わず縮こまってしまう。

「ぎょえッ…」

ドニもガタイは良いが、男が怖くて何もできない小心者のようだった。

「ワシは肉が食べたいのだ!!」

ヒゲ面の男は怒鳴り続けている。

「こんな薄いガレットもどきで腹が満たせるかッ!」

「う、うえ…」

アレットは怖さで半泣きになっていた。


「よっと」


イサムが鉄板に餃子を並べ始める。

昼の時間だ。

午前中に作ったものの、売れ残ってしまった餃子を焼き始めたのだ。

これをイサムたちの昼飯にしてるのだ。


餃子の本場、中国北方でも食べきれなかった水餃子を次の日に焼いて食べる。

一粒で二度美味しいというヤツで、イサムはこれを真似ていた。


「……ん?」

ヒゲ面の男はイサムの焼き始めた餃子に注目した。

「なんだ、それは?」

「ああ、オレらの昼飯だよ」

イサムはアクビをかみ殺しながら答えた。

「……それは売り物なのか?」

ヒゲ面の男はトーンを落として聞いた。

「午前中に売れ残ったもんだし、固くなってるから…」

「売り物なんだな?」

ヒゲ面の男はイサムの話を聞かずに言った。

「それをくれ、金なら払う!」

「え、でも、固くなってるし」

「ワシはそれが食べたいのだ!」

ヒゲ面の男は頑として言った。

「し、しかたない。イサム、これ出して」

アレットは、この男を早く追っ払いたいようだ。

「食べた後でマズイとか言い出さないでくださいよ?」

イサムはブツクサ言いながら、焼けた餃子を皿に盛った。

「分かっとる!」

ヒゲ面の男はうなずいて、椅子に腰掛けた。

「お待ちどう」

イサムは餃子の載った皿と木のフォークをテーブルに置いた。

「うむ」

ヒゲ面の男はまたうなずいて、フォークで餃子を食べ始める。

「おお、旨いではないか!」

「それは良かった」

イサムはさっぱりそうは思ってなさそうに言う。


ぐう


とイサムの腹の虫がなった。


「わはは、もっと所望じゃ。じゃんじゃん持って参れ!」

ヒゲ面の男は上機嫌

「うへー」

「少々お待ちを」

アレットとイサムはテキパキと準備に入った。


「ふー、食った食った。なかなかに美味であった」

ヒゲ面の男は満足気に言った。

あれから何皿もお代わりし続け、こちらの世界でいう午後3時頃になっていた。


ぐう。

イサムもアレットもドニも昼飯を食べ損ねていて、腹の虫を鳴らしている。


「これは代金じゃ、釣りは要らぬ」

ヒゲ面の男は懐から財布を取り出し、金貨を1枚取り出した。

「え!?」

アレットが驚く。

「旦那ァ、こういうのはオレら庶民が持つと役人とかに目ぇ付けられるんですよ」

ドニが端的に言って、断った。


庶民が使うのはいわゆる銀製の硬貨であり、この辺一帯では「ドゥニエ」と呼ばれる。

質は時代時代で変化して、混ぜ物がされた銀になっていることが多い。

ヒゲ面の男が出した金貨は「スー」と呼ばれているが、こうした価値の高いモノを使うのは貴族か金持ちと相場が決まっている。

庶民の中でも底辺層にいるアレットたちがこんなものを持つと「どこで手に入れた?!」と邪推されるのがオチだ。

いわゆる「持ち慣れぬもの」なのだった。


「おお、それは済まぬ。今、細かいのがなくてな」

ヒゲ面の男は素直に謝った。

先ほどまでの横暴さは鳴りを潜めている。

「では、ちと待ってくれ。支払いは必ずするでな」

ヒゲ面の男は思案してから、腰の剣を外した。

「これを担保として預けておく」


ズシリ。

アレットの手に重たい金属の塊が押しつけられた。



後日。


ヒゲ面の男は供の者と一緒にやってきた。

「おう、元気か?」

「その節は閣下がご迷惑をおかけしたようで」

供の者は慇懃に謝っている。

見るからに文官というていの細身の男である。

「おい、そういう言い方やめろや」

ヒゲ面の男は怒鳴ったが、

「いつものことですが、閣下のそういう処が皆に嫌われる要因でございます」

細身の男は動じない。

「チッ、まあいい」

ヒゲ面の男は諦めたようだった。


「なんと言ったかな、あの料理?」

「餃子」

「ああ、そうだ、ギョザ? あれの代金としてな、この町の店を買ったからそれを使ってくれや」

ヒゲ面の男は言った。

「は?」

「え?」

「マジ?」

アレット、ドニ、イサムの3人はきょとんとしている。

目が点になっている。


「はい、潰れて久しい酒場がありましたので、そこを購入しております」

細身の男が言った。

「皆様には契約書を作成していただきますが、月々の売り上げの一部をお納め頂けることでゆくゆくは皆様の物になる運びでございます」

「ふ、ふぇー?!」

突然、降ってわいた話に、アレットは目を回しかけている。

「餃子の代金は?」

イサムが聞くと、

「それはお支払い頂く価格より引かせて頂きますゆえ」

細身の男は答えた。

「いいんじゃねえか、チャンスだろ」

ドニが言った。

「こんな露店でくすぶってるよか、イサムの腕を活かせる店構えを持てるんだし」

「そうだな」

イサムはよく分かってないが、うなずいた。

「わ、わかりました! こ、この話、ありがたく、お、お受けいたします!」

アレットは緊張で倒れそうになっている。

「うむ、それは何より」

ヒゲ面の男は満足そうにうなずいた。

「そうすればワシもいつでも食べに来られるからのう、ウッシッシ」

「それが目的でございますか……」

細身の男は片方の眉を上げて、ヒゲ面の男を見る。


「ところで、旦那はどこのどなたで?」

イサムは聞いた。

礼儀作法はさっぱりなので、単刀直入である。

こんだけのことをしてもらって、誰かも聞かずにはいられない。

まとまった金ができたら、お礼もしなければならないだろうし……。

という打算が働いている。

「うむ、ワシはエリク・ロワリエと申す」

ヒゲ面の男は答えた。

「……ロワリエ?」

「それってまさか、ロワリエ伯?」

アレットが思案顔になり、ドニが顔を青くする。

「はい、ロワリエ伯爵はこの辺一帯の領主でございます」

細身の男が言った。


「これは知らぬとはいえ、とんだ失礼をば」

「ははーッ」

ドニとアレットは平伏。

「え? なに?」

イサムだけが訳が分からず突っ立っている。


「あー、よい、そういう堅苦しいのは嫌いじゃ」

ヒゲ面の男、ロワリエは手を振った。

「てか、面を上げよ」

「はい」

「ははーッ」

ドニとアレットは変に恐縮したまま。

「ワシは一兵卒からの叩き上げでの、たまたま戦功があってこの地に封ぜられただけじゃ」

ロワリエは面倒くさそうに語る。

「正直、息子たちの誰かに後を継がせてさっさと隠居したい」

「そういうのは思っていても、口にしないで下さい」

細身の男がしかめっ面をする。

「分かった、分かった」

ロワリエは面倒くさそうに言った。


「とにかく、そういうことだから、よいな」

ロワリエはそう言って帰って行った。


「うへー、なんかトンデモないことになったなー」

アレットは急展開について行けず、頭を抱えている。

「ま、いいじゃねーか。オレらにも運が向いてきたんだろ」

ドニは言った。

「あー、キッチンがちゃんとしてるのはいいかもな」

イサムはつぶやく。

「そうそう、その意気」

ドニがイサムの背中を叩いた。

「稼ぐぞー!」

アレットはさきほどとは一転して意気込んでいた。


(こんなのも悪くないかな…)

イサムは心の中で思った。



その頃、ガロの町を訪れた者がいた。

女だ。

鎧を着込んでいて、剣を佩いている。


「あ、あれは餃子!?」


女は驚いていた。

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