異世界中華十八飯
@OGANAO
第1飯 葱油餅
第1飯 葱油餅
男が平原を歩いていた。
男の名は、ハヤシイサム(林一三六)。
つい1日前、この平原に放り出され、当てもなく歩き続けている。
イサムは転移者だった。
本人は訳も分からず、この世界へ転移してきた。
イサムは困惑し、助けを求めて歩き出したが、広大な平原は終わる気配がない。
時折、小川が見つかるので水だけは飲める。
水はキレイなようで腹を壊すことはなかった。
そしてそのまま歩き続けて、イサムは町にたどり着いた。
*
「おい、あんた大丈夫か?」
ヒゲの男が声を掛けてくる。
イサムは町に入るなり地面に倒れるようにへたり込んでいて、それを見た男が声を掛けてきたのであった。
「……水を」
イサムは声を振り絞った。
喉の乾きのせいで上手く声が出ない。
「おう、待ってな」
ヒゲの男はカップを持ってきた。
カップには水が入っている。
「お? おお!」
イサムは言うが早いかカップをひったくるようにして、水を飲んだ。
「あんた、どっから来たんだ?」
ヒゲの男は聞いた。
歳は30代くらいか。
服装はシャツ、チョッキ、ズボン、布の靴。
ヨーロッパの伝統衣装ような雰囲気だ。
「平原の方から」
イサムは答えた。
「平原ってぇと、ベルガエの方からか」
ヒゲの男は何やらつぶやいてから、
「あんた、ベルガエ人には見えないけどな」
ジロジロとイサムを見た。
「ベルガエ人?」
「あんた、ホントにどっから来たんだ?」
「……」
イサムが何を言って良いか分からず、黙っていると、
「まあいいさ」
ヒゲの男は肩をすくめた。
見たところ、町は平和で住人たちは生き生きとしている。
通りには露店が建ち並び、食べ物や道具が豊富に置かれている。
生活に余裕があり、不穏な感じがしない。
ヒゲの男が親切なのは、そういう背景があるらしい。
ヒゲの男も露店を営んでいるようだ。
店構えには色々な道具が並べられている。
「ここはなんて町なんだ?」
イサムが聞いた。
「ガロだけど」
「まったく分からん」
「しゃあねえ、しばらく休んでいけよ」
ヒゲの男は勧める。
「済まねえ、遠慮なく休ませてもらうよ」
イサムは露店の側の地面に座っている。
ぐう…
その時、腹の虫が鳴った。
「腹が空いてるのか?」
ヒゲの男が言うと、
「ああ、まる一日何も食べてないんだ」
イサムは情けない顔で答える。
「ちょっと待ってな」
ヒゲの男は向かい側の露店の方へ歩いて行った。
「ほれ」
ヒゲの男は布の包みを持ってきた。
中にはいくつかの白い物体。
匂いから察するに小麦を焼いたもののようである。
平たく丸い形をしている。
「お、ありがてえ」
イサムは包みを受け取って、小麦を焼いた食べ物を口にした。
味も素っ気もないものだったが、空腹は最高の調味料、イサムは全部平らげた。
「小麦粉か」
イサムはつぶやく。
「ガレットだよ、あっちの露店で売ってるんだ」
ヒゲの男はうなずく。
「まあ、売り上げはなさそうだけどな」
そして付け加えた。
向かいの露店は、小さな女の子がやっているようだった。
しばらく見てるが、足を止める者はいない。
「ふーん」
イサムは何やら考えている。
「おっさん」
「何だよ、オレはまだ30だぞ」
ヒゲの男は顔をしかめた。
「てか、名前教えてなかったな、ドニだ。お前は?」
「イサム」
「変な名だな」
ヒゲの男、ドニはまた顔をしかめる。
「あっちの露店に紹介してくれないか?」
「あー? 何をする気だ?」
ドニは訝しげ。
「オレ、料理できるんだ」
イサムは言った。
*
「よお、アレット」
「やあ、ドニ」
女の子が挨拶を返す。
アレットというようだ。
見た目、10歳くらいか。
日本なら小学校に通ってる年齢だ。
向かいの露店に2人で押しかけている。
「こんちは、オレはイサム」
「何か用?」
アレットは不思議そうな顔をしている。
「小麦粉を焼いたものを売ってるんだな」
イサムは構わず、続けた。
炭火の上に鉄板を置いただけの簡単な設備で焼いている。
建物の奥の方に小麦粉、塩が置いてあるようだ。
それを少量の水で溶いている。
「ネギはあるか?」
イサムが聞いた。
「ポワローのこと?」
アレットは言った。
「確か、奥にあったと思うけど…」
と、建物の中へ取りに行く。
「イサム、何をする気だ?」
ドニが聞いたが、
「まあ、見ててくれよ」
イサムは自信たっぷりに答える。
イサムはボウルに小麦粉、塩を入れ、水を少しずつ入れながらかき混ぜてゆく。
ボウルは木彫りである。
日本では逆に高級品になるだろうが、この世界では普通に使われているらしい。
それからボウルに入れて30分くらい放置。
熟成したのを確認してから、ボウルから取り出して、再度捏ねる。
十分に捏ねたら、ナイフで切り分け麺棒でのばしてゆく。
「油はあるか?」
イサムが聞くと、
「バターならあるけど」
アレットは答えた。
麺棒でのばして平たくしたら、バターを塗る。
そこへ予め切っておいたポワローを乗せ、くるくると端から巻いてゆく。
巻いたら上から圧し、再び麺棒で平たくしてゆく。
「なんだこれ?」
アレットは驚いている。
「面白い作り方だな」
ドニも興味深そうに見ている。
「あとは焼いて終わりだ」
イサムは言いながら、作ったものを鉄板で焼いていった。
焼き終わったものをナイフで切って、食べやすくする。
「食べて見てよ」
「へー」
「どれどれ」
アレットとドニは一口かじってみる。
「……旨い」
「お、いけるな、これ。酒が欲しくなるぜ」
アレットとドニの反応は良好。
2人は瞬く間に食べ終えた。
「葱油餅(ツォンヨウビン)だ。これを売ればいい」
イサムは言った。
「さあさ、皆寄っといで! 珍しいガレットがあるよ!」
ドニが客引きをして、アレットとイサムはひたすら葱油餅を作った。
最初は物珍しさで見てるだけだった客たちも、葱と油の香りを嗅ぎ、次第に買うようになった。
それなりに売れ、硬貨がカゴ一杯になった。
「うへー、こんなに売れたの初めてだよ!」
アレットは驚き、喜んでいる。
「これでしばらく生活に困らないだろ」
イサムは笑っている。
「イサム、お前、何物なんだよ?」
ドニは感心するやら、驚くやら、である。
「アレット、という事で、しばらくオレを雇ってくれ」
「いいよ、これ作ってくれたら助かるし」
アレットは二つ返事で言った。
「面白いヤツを拾ったな」
ドニは笑みを漏らす。
良い退屈凌ぎを見つけた、と言わんばかりに。
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