異世界中華十八飯

@OGANAO

第1飯 葱油餅

第1飯 葱油餅


男が平原を歩いていた。


男の名は、ハヤシイサム(林一三六)。

つい1日前、この平原に放り出され、当てもなく歩き続けている。

イサムは転移者だった。

本人は訳も分からず、この世界へ転移してきた。

イサムは困惑し、助けを求めて歩き出したが、広大な平原は終わる気配がない。


時折、小川が見つかるので水だけは飲める。

水はキレイなようで腹を壊すことはなかった。


そしてそのまま歩き続けて、イサムは町にたどり着いた。



「おい、あんた大丈夫か?」

ヒゲの男が声を掛けてくる。

イサムは町に入るなり地面に倒れるようにへたり込んでいて、それを見た男が声を掛けてきたのであった。

「……水を」

イサムは声を振り絞った。

喉の乾きのせいで上手く声が出ない。

「おう、待ってな」

ヒゲの男はカップを持ってきた。

カップには水が入っている。

「お? おお!」

イサムは言うが早いかカップをひったくるようにして、水を飲んだ。


「あんた、どっから来たんだ?」

ヒゲの男は聞いた。

歳は30代くらいか。

服装はシャツ、チョッキ、ズボン、布の靴。

ヨーロッパの伝統衣装ような雰囲気だ。

「平原の方から」

イサムは答えた。

「平原ってぇと、ベルガエの方からか」

ヒゲの男は何やらつぶやいてから、

「あんた、ベルガエ人には見えないけどな」

ジロジロとイサムを見た。

「ベルガエ人?」

「あんた、ホントにどっから来たんだ?」

「……」

イサムが何を言って良いか分からず、黙っていると、

「まあいいさ」

ヒゲの男は肩をすくめた。


見たところ、町は平和で住人たちは生き生きとしている。

通りには露店が建ち並び、食べ物や道具が豊富に置かれている。

生活に余裕があり、不穏な感じがしない。

ヒゲの男が親切なのは、そういう背景があるらしい。

ヒゲの男も露店を営んでいるようだ。

店構えには色々な道具が並べられている。


「ここはなんて町なんだ?」

イサムが聞いた。

「ガロだけど」

「まったく分からん」

「しゃあねえ、しばらく休んでいけよ」

ヒゲの男は勧める。

「済まねえ、遠慮なく休ませてもらうよ」

イサムは露店の側の地面に座っている。


ぐう…


その時、腹の虫が鳴った。


「腹が空いてるのか?」

ヒゲの男が言うと、

「ああ、まる一日何も食べてないんだ」

イサムは情けない顔で答える。

「ちょっと待ってな」

ヒゲの男は向かい側の露店の方へ歩いて行った。


「ほれ」

ヒゲの男は布の包みを持ってきた。

中にはいくつかの白い物体。

匂いから察するに小麦を焼いたもののようである。

平たく丸い形をしている。

「お、ありがてえ」

イサムは包みを受け取って、小麦を焼いた食べ物を口にした。

味も素っ気もないものだったが、空腹は最高の調味料、イサムは全部平らげた。


「小麦粉か」

イサムはつぶやく。

「ガレットだよ、あっちの露店で売ってるんだ」

ヒゲの男はうなずく。

「まあ、売り上げはなさそうだけどな」

そして付け加えた。

向かいの露店は、小さな女の子がやっているようだった。

しばらく見てるが、足を止める者はいない。

「ふーん」

イサムは何やら考えている。


「おっさん」

「何だよ、オレはまだ30だぞ」

ヒゲの男は顔をしかめた。

「てか、名前教えてなかったな、ドニだ。お前は?」

「イサム」

「変な名だな」

ヒゲの男、ドニはまた顔をしかめる。

「あっちの露店に紹介してくれないか?」

「あー? 何をする気だ?」

ドニは訝しげ。

「オレ、料理できるんだ」

イサムは言った。



「よお、アレット」

「やあ、ドニ」

女の子が挨拶を返す。

アレットというようだ。

見た目、10歳くらいか。

日本なら小学校に通ってる年齢だ。

向かいの露店に2人で押しかけている。

「こんちは、オレはイサム」

「何か用?」

アレットは不思議そうな顔をしている。

「小麦粉を焼いたものを売ってるんだな」

イサムは構わず、続けた。


炭火の上に鉄板を置いただけの簡単な設備で焼いている。

建物の奥の方に小麦粉、塩が置いてあるようだ。

それを少量の水で溶いている。


「ネギはあるか?」

イサムが聞いた。

「ポワローのこと?」

アレットは言った。

「確か、奥にあったと思うけど…」

と、建物の中へ取りに行く。


「イサム、何をする気だ?」

ドニが聞いたが、

「まあ、見ててくれよ」

イサムは自信たっぷりに答える。


イサムはボウルに小麦粉、塩を入れ、水を少しずつ入れながらかき混ぜてゆく。

ボウルは木彫りである。

日本では逆に高級品になるだろうが、この世界では普通に使われているらしい。


それからボウルに入れて30分くらい放置。

熟成したのを確認してから、ボウルから取り出して、再度捏ねる。

十分に捏ねたら、ナイフで切り分け麺棒でのばしてゆく。


「油はあるか?」

イサムが聞くと、

「バターならあるけど」

アレットは答えた。


麺棒でのばして平たくしたら、バターを塗る。

そこへ予め切っておいたポワローを乗せ、くるくると端から巻いてゆく。

巻いたら上から圧し、再び麺棒で平たくしてゆく。


「なんだこれ?」

アレットは驚いている。

「面白い作り方だな」

ドニも興味深そうに見ている。

「あとは焼いて終わりだ」

イサムは言いながら、作ったものを鉄板で焼いていった。

焼き終わったものをナイフで切って、食べやすくする。


「食べて見てよ」

「へー」

「どれどれ」

アレットとドニは一口かじってみる。

「……旨い」

「お、いけるな、これ。酒が欲しくなるぜ」

アレットとドニの反応は良好。

2人は瞬く間に食べ終えた。

「葱油餅(ツォンヨウビン)だ。これを売ればいい」

イサムは言った。


「さあさ、皆寄っといで! 珍しいガレットがあるよ!」

ドニが客引きをして、アレットとイサムはひたすら葱油餅を作った。

最初は物珍しさで見てるだけだった客たちも、葱と油の香りを嗅ぎ、次第に買うようになった。

それなりに売れ、硬貨がカゴ一杯になった。


「うへー、こんなに売れたの初めてだよ!」

アレットは驚き、喜んでいる。

「これでしばらく生活に困らないだろ」

イサムは笑っている。

「イサム、お前、何物なんだよ?」

ドニは感心するやら、驚くやら、である。

「アレット、という事で、しばらくオレを雇ってくれ」

「いいよ、これ作ってくれたら助かるし」

アレットは二つ返事で言った。

「面白いヤツを拾ったな」

ドニは笑みを漏らす。

良い退屈凌ぎを見つけた、と言わんばかりに。

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