二人、ハンバーガー
放課後。私は部活を終え、家の最寄りの駅を出てから軽く食事のできる店を探していた。
頬に触れる風はひんやりと冷たい。どこかで咲いているキンモクセイの独特の香りが鼻孔をついた。秋もだいぶ深まってきているらしい。
「昨日はファミレスだったしなあ」
夕食客でにぎわうファミリーレストランをガラス窓から眺め、誰にともなく呟いた。
私は通常、食事を摂ってから家に帰るようにしている。別にお母さんの料理が嫌いとか食べたくないわけではない。ただ、家にあまりいたくないと思っているからなのだ。
「今日はハンバーガーにしようかな」
それからファミリーレストランの二軒隣にあるファストフード店に入ると、チーズバーガーと烏龍茶を注文してから席を彷徨った。
平日の夕方は意外と学生が多い。しかし、隣町の高校に通っている私は、同級生に出くわす可能性は低いのだ。
頻繁にこんなところへ出入りしているだなんて、正直あまり知られたくはないなと思っている。
「彌富?」
聞きなれた声で呼ばれ、その声の方に目を向けた。すると、そこには四人がけの席に座り、ハンバーガーを片手に持って驚いた顔をする速水君の姿があった。
「あれ、偶然だね」
私はそう言いながら彼の正面に座った。無意識の行動だったので、自分でも驚いたくらいである。
そして速水君も意外だったようで目を丸くしていた。しかし、すぐに
「彌富は今日も時間潰し?」
「そうだよ。十時までしかいられないけどねえ」
ハンバーガーの紙を広げ、私はぱくりとハンバーガーにかじりつく。
「そっか」
速水君は笑顔でそれだけ言って、持っていたハンバーガーをかじった。それから口に入れていたものを咀嚼し、ごくりと飲み込むと、唐突に何か気が付いたようにハッとする。
「――今日はありがとな。彌富が提案してくれなかったら、あのHRは永遠に終わらなかったかもしれない」
「まったく大げさだなあ。でも、お役に立てて光栄ですよ、クラス委員殿?」
「『クラス展示』の提案といい、『写真の掲示』といい。初めから考えてくれてたのか?」
「そんなわけないじゃん。あの場でひらめいたんだよ。どうしたら、みんなが納得するかなって」
「そっか」と速水君は笑いながら答える。
私の言葉を素直に受け止める彼を見て、胸が締め付けられるような感じがした。
ひらめいたというのは、嘘。ずっと前から考えていた。あの場で誰もが納得する答えを。
紗月も速水君もきっとその答えを持たない。だから私が言っただけのこと。
バカで単純な「みんな」は、私の言うことに賛同してくれると思っていたからだ。
「彌富はすごいよな。いつもみんなのことを考えているし、優しいし。そういう彌富に僕も救われたんだよなあ」
速水君は感慨深そうに言って、何度も小さく頷いていた。
私はその言葉を聞くたびに、それは違う――と思うのだ。
「みんな」のことなんて考えたこともないし、優しくしているつもりはない。
私はいつだって自分のことしか考えていないのだから。
それに――。
救われたのは君だけじゃない。私だって君に何度も救われている。君だけがあの時の私を救ってくれたんだよ、と。
でも私は、君へのその想いをあえて君に伝えることはしない。
たぶん、何かが変わってしまいそうな気がするからだと思う。
その何かがなんなのかはわからないけれど。
「それじゃあ、そろそろお礼をもらわないと割りに合いませんなあ」
冗談交じりで私が言うと、速水君は真剣な顔をした。
「お礼、か……」
速水君が真面目なことは分かっていたが、冗談にそこまで真剣になられてしまっては困る。
「もう、冗談だって! でも、いつか気が向いたらね」
私は笑い声を交えながら、速水君にそう言った。すると、
「わかったよ」
と速水君は満面の笑みで頷いたのだった。
まったく。そんな嬉しそうに笑っちゃって――と嬉しくなって、私も小さく笑った。
「そうだ彌富。明日の夜はどうするんだ?」
「え?」
「晩御飯。明日も僕、外で食べるからさ。母さん帰ってこないし」
「そうなんだ。私もたぶん、外で食べるよ」
そう答えてからハッとした。
なぜそんなことを言ってしまったのだろうと。明日は家で食べると嘘をつけばよかったのに。
「じゃ、じゃあ明日も一緒に食べないか?」
「え……うーん」
嫌というわけではないけれど、クラスの誰かに見られて紗月の耳に変な噂が入るのは困るなと思った。
「ダメ、かな」
速水君からまっすぐにそう言われ、思わず受け入れてしまいそうになる。
でも、やっぱりダメだ。
「明日決めるよ。ごめんねー」
曖昧な返答をすると、速水君はほんの少し肩を落としていた。そんなに私とご飯を食べたかったのだろうか。
もしもそうだったなら――いや、きっと気のせいに違いない。
「あ、ううん、いいよ。でも、無理なら無理で大丈夫だからな」
「分かってる。ありがとう」
速水君はいつも優しい。絶対に無理強いはしないし、なんとなく空気を察して深く詮索しないようにしてくれる。
そんな彼の隣にずっといられたらいいのに――そう願ってしまうときもあった。けれど、それは叶わない願いなんだ。
だって、私は穢れているから――。
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