学級会

「それでは、文化祭の出し物は『クラス展示』ってことでいいですか」


 教卓の前に立つ速水君がそう言うと、クラスメイトたちは口々に賛同の声を上げた。


 教室をぐるりと見てから、速水君は私の顔で視線を止める。


 私が笑顔で頷くと、速水君は黒板前に立つ紗月に視線を向けた。


 紗月は小さく頷いて、黒板に書かれている『クラス展示』に丸を打つ。そして『展示内容候補』と新たに書き込んだ。


 ああいうのを阿吽の呼吸というのだろうか。

 わずかなやりとりではあったものの、やはり紗月と速水君はお似合いだなと改めて思ってしまう。


「最近の紗月はなんだか楽しそうだよね」


 誰にも聞こえないくらいの声で、そんなことを呟いていた。


 紗月の悲願がもうすぐ叶おうとしているのかもしれない。何年も速水君を追ってきて、紗月はようやくここまで来たんだね。


 それは、ずっと紗月を応援していた親友の私にとっても喜ばしいことだった。


 少し寂しいような思いはあるけれど、紗月が幸せになれるのなら、それはなんてことない感情なんだと自分に言い聞かせることができた。


「じゃあ次の議題ですが。展示の内容を決めようと思います――」


 速水君の掛け声でまた話し合いが始まった。しかし、ほとんどのクラスメイトたちはすでに辟易しているようだった。


 今行われているのは、十月下旬に行われる文化祭の出し物についての学級会。けれど、部活が盛んなこの学校の二年生は、あまり文化祭に乗り気ではなかったりする。


 私の通う私立加茂ヶ崎高校は地元きってのスポーツ校だ。帰宅部の紗月や速水君とは違い、私はソフトテニス部に所属している。


 それもあってクラスメイト同様、私も文化祭なんてどうでもいいと思っていた。


 しかし、クラス委員の二人は大切な友人だ。乗り気がないにしても、彼らに協力しない薄情な私でありたくない。


「何か案はありますか?」


 速水君はクラスメイトに問いかけるものの、誰からの発案はない。


 見かねた私は手をあげ、前々から考えていたことを提案する。


「写真とか、どうかな。お気に入りのものを撮影して飾るの。何かを調べたりすると時間もかかっちゃうし、分担でもめたりあるかもしれないでしょ? 写真なら、それぞれで好きなものを撮って、その説明文とかは本人が考えれば、個人で完結するし……どうかな?」


「さっすが彌富じゃん! それいいよ!」


 クラスの誰かがそう反応すると、他の人達も揃って好意的な反応をした。クラス委員である速水君と紗月も、納得したような顔をして私を見る。


「じゃあ、彌富さんの案でよろしいですか?」


 速水君がクラスメイトに問いかけると、満場一致で決定したのだった。


 それから速水くんは、ホッとしたような顔をしていた。役目を無事に終えた安堵からだろう。


 そんな彼に少しでも協力できたのだと思うと、私はなんだか嬉しかった。


 そして話し合うべき議題を終えた教室内は、騒然とし始める。閉じ込められた檻からようやく解放されたとでも言いたげな雰囲気を感じた。


 何もしていないのに、「みんな」お気楽なものだ。

 でもそんな「みんな」がバカみたいに単純だから助かるよ。


 そんな皮肉を、私は内心で呟いた。


 「みんな」は面倒ごとを避けたがる。誰かが楽な道を提示すれば、こぞってその道に続こうとするのだ。


 相手の懐にもぐりこむには、あえて相手のやりたがらないことを進んで行うことが基本である。


 何年もそうしてきた私が自負するのだから、その方法に間違いはない。


 「みんな」は私がそんなことを考えて行動していることなんて気づきはしないのだろう。


 「みんな」は自分のことだけしか考えていない、お気楽で単純な人間たちなのだから。


 私は「みんな」を信用していない。すぐに流される「みんな」は、純粋でまっすぐだ。


 だから、まっくろに穢れた私のことなんて知る由もないだろうし、知ったら私を見る目が変わることもわかっている。


 でも。私にはたった一人だけ、「みんな」とは違う、信じてもいいと思っている人がいる。


「今日はこれで終わりです。また詳しいことは後日に話し合いましょう。どんな写真にするのかは、各自で考えておいてください」


 速水君はそう告げてから紗月に声を掛け、二人で教室を出ていった。


 そんな二人が出ていった扉を見ながら、内容の整理をするんだろうなと思いつつも、わざわざ二人きりになる必要はあるのだろうかなんてことも思ってしまう。


「速水君と瑠璃川さんってできてそうだよねえ」


 隣の席の羽根田さんは、速水君たちの出ていった扉の方を見ながらそう言った。


 その言葉に、胸の奥を強い力で揉まれているような不快感がする。


 私から見ても二人がお似合いだとは思うけれど、それを他人から言われるのはなんだか癪に触った。


 そのせいで羽根田さんへ何か気の利いた返答をすべきだと分かっていながらも、すぐに答えが出ない。


「華弥ちゃんって二人と仲いいんでしょ? なんか知らない?」


 今度は私の方を見たかと思うと、そんなことを訊いてくる。知ったところで、どうする気なのだろうか。


「そうだねえ。私もよくわかんないなあ」


 私はそう言って笑顔ではぐらかした。


「そっか……まあ、もしも付き合っていてもうちらがとやかく言う筋合いはないか。恋愛は自由だもんね!」


 羽根田さんはそう言って、嬉しそうに笑う。


 恋愛は自由、か。

 妙にその言葉が私の頭に残った。


 普通の女子高生がそう言うのも、思うのも当たり前なことなのかもしれないのに。


 それはきっと、私が「みんな」とは違うから。普通の女子高生ではないからなんだと察する。


「そうだね」


 私は速水君たちが出ていった扉を見つめて、明るい口調でそう返したのだった。




 速水正直君。彼は私が唯一、信じたいと思っている相手。


 中学二年生の時から、一緒にいるだけで安心する男の子。


 本当の私を見せても、ずっと変わらずにいてくれる大切な友達。


 そして――親友の好きな人。

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