クリスマス

フルーツパフェ

 文化祭から二日後の日曜日。私は速水君と一緒に近所にあるカフェに来ていた。


 暖色系のライト、木製の床と壁。木目調のローテーブルに、わかば色の大きなソファ。古民家を改装したそのカフェは、フレッシュフルーツを山のようにのせたパフェが有名らしい。


「思ったより素敵なカフェね」


「喜んでもらえてよかったよ」


「ええ。ありがとう速水君」


 それから私は桃パフェとダージリンティー。速水君はホットコーヒーとミニパフェをそれぞれ注文する。


 このカフェは私がリクエストした店というより、速水君からの提案だった。

「瑠璃川、こういうの好きだろ」と、先週のお出かけの時に店のURLを見せてもらったのである。


 前にチョコレートパフェを食べに行ったとき、私がパフェを好きだと言ったことを速水君は覚えていたのかもしれない。


 それがなんだか嬉しかった。華弥のことだけではなく、私のことも知ってくれようとしてくれているようで。


 華弥の名を自分の頭の中で発した時、ふと文化祭後の華弥の行動が気になった。


 誰にも何も告げずに教室を一人で去った華弥。口喧嘩をした私にはともかく、速水君にくらいは何かを言いそうなものなのに。


 私となんとなく気まずくなってしまったせいで、華弥は速水君にも気を遣ったのかもしれない。私の気持ちを知っている華弥ならやりかねない行動だと思った。


 速水君と私が仲良くしていられるのは華弥の存在があるからで、華弥と速水君の関係が悪化してしまえば、私と速水君の今の関係も終わってしまう可能性がある。


 それは、嫌だ――。


 いつの間にか運ばれてきていた桃パフェを食べながら、私は華弥と気まずくなってしまったことを速水君に伝えた。


 そして、華弥との関係をどうすればいいか分からないという不安も。


「うーん。瑠璃川も悪いって思ってるのなら、謝ればいいんじゃないか? 彌富だって、そんなに気にしてないと思うぞ」


「そうだといいけれど」


「そもそも、喧嘩の原因って何なんだよ」


「え!?」


 まさか、あなたのことよ――とは言えない。


「まあ、ちょっとした意見の食い違い、ね」


 苦し紛れにそんな嘘を吐いた。


「ふうん。まあ人間なんだから、それぞれの意見があって当然だよな」


 納得したように速水君は小さく頷く。


 それは純粋すぎるというか、人を疑うことを知らないというか。私のことを信用してくれているということなのかもしれない。


「あーあ。そうやって本心を言い合える関係っていいな。本当の友達って感じでさ」


「あら。羨ましいの?」


「まあな。だって僕は彌富のこと、全然わかってないんだもんな。小学生の時のことも、家族のことも」


「そう」


 どうやら速水君は華弥の過去を本人から聞いたらしかった。


 私のやんちゃな過去を事細かに知られてしまったことは恥ずかしかったけれど、昔の私を知ってもらって嬉しくもあった。私もいつか、速水君の小中学生時代の話を聞いてみたい。


「彌富がいたら、僕もきっと楽しい小学生時代を送れたのかもな」


 誰にともなく、速水君はぽつりとそう言った。


 また、華弥の話か――。


 速水君は私と居ても、いつも華弥の話ばかりする。


 毎週あってデートをしていても、少しずつ距離を詰められてきたとしても、彼は華弥の方しか見ていない。そんなことは前から分かっていて、受け入れたはずだった。


 でも、いつまでもこの関係を続けることがとても辛い――。


「そういえば僕。瑠璃川のことも全然知らないな。こんなに親しくなっても、お互い知らないことばかりだな」


 その一言に、思わず速水君の顔を凝視する。まさか、そんなことを言ってもらえるとは思いもしなかったからだ。


「私のこと、知りたいって思ってくれるの?」


「そりゃな。これからも付き合っていくことになるだろうし」


 きっとその言葉は、友人としての私に向けて言っていることくらい分かる。でも、もしそうじゃなかったら――?


「仕方がないわね。少しずつ私のことを知っていけばいいわ。速水君に真実を語ったところで、話す相手なんて私か華弥くらいしかいないものね!」


「それ、すっごく遠回しに悪口言ってないか?」


「あら、そう思わせてしまったなら、ごめんなさい。私、素直だから」


「いつも素直じゃない人間にそう言われてもなあ」と速水君は肩をすくめる。


 彼は私の冗談にも本気で付き合ってくれる。いつも優しく、温かい人。こうして隣に居られることが私にとって幸せだ。


 けれど、いつかはそうじゃなくなる時が来る。それは華弥が自分の気持ちに気付いた時。速水君の想いを華弥が知った時。


 文化祭の時、私はどうして華弥の背中を押すようなことを言ってしまったのだろう。華弥が自分の気持ちに気付いてしまえば、きっと私に勝ち目なんてなくなるのに。


 違う。正々堂々と戦って華弥に勝ちたいの。だから、これで良かったんだ。

 そんなことより今は、どうしたら華弥と仲直りできるかが問題でしょう。


 速水君に言われたとおり、華弥にはちゃんと謝らなくちゃ。


 だって、華弥は大切な友達なんだから――。


 パフェにのっていたフレッシュな桃は甘酸っぱかったけれど、優しい味がした。

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