意外な才能

 文化祭の準備が進み、私たちは持ち寄った写真の配置と教室の装飾について話し合っていた。


「じゃあ装飾係は瑠璃川さんの指示に従ってください。写真展示係は僕が指示を出します」


 速水君がそう言うと、教室では二つのグループに分かれる。


 分かれると言っても紗月のグループに女子、速水君のグループに男子といった感じだ。


 男子たちが何を話しているかは分からなかったが、速水君がうまいことまとめてくれるだろうと思い、私は女子の集まりに意識を集中する。


「じゃ、じゃあ話し合いを始めましょう。まずは……えっと」


 速水君が事前に用意したであろう進行用の紙に紗月は目を通していた。表情が強張っている。いつもの余裕はどこへやら、という感じがした。


 紗月はあまり人前で説明をすることはなれていない。いつも学級会で速水君が進行役をするのは、そのためだろう。


 速水君がいないのなら、私が紗月を支えなければ。


「んで、瑠璃川さん。うちら、どーすればいいの?」


「えっと。教室の装飾のレイアウトを――」


「そんなんすぐ終わることね? それよりさ、速水君とはいったいどうなのー?」


「え?」


 紗月はもっていた進行用の紙から視線を上げた。その表情からはかなりの動揺を感じ取れる。


「だって二人、付き合ってるんでしょ? たまに一緒に歩いているとこみるし」


「私も二人が一緒にパフェを食べてるとこ、見たことあるぅ!」


「だよねー。それでそれで? 今はどこまでいったの?」


「え、ええっと……」


 目を泳がせる紗月を私は黙って見つめていた。


 まさか速水君とのことをきかれると思わなかったのかもしれない。


 でも普段から一緒に過ごし、日曜日に二人で出かけているのだから、いつかはこうなることは予想できたはずじゃないか。


 本当なら助けるべきことだけど、私が口を挟める問題じゃない。余計なことを言えば、きっと混乱を招くことになる。


「別に……速水君とは何でもないわ。ただのお友達よ」


 そう答える紗月はなんだか悲しそうに見えた。


 ただのお友達――本当は紗月もその関係を変えたいと思っているからなのだろう。


「そんな芸能人みたいなコメントしてー」


「ねー」


「そうだ。ちなみに、華弥はどう思ってるの?」


「え、私!?」


 唐突に向いた矛先に、私はつい狼狽えてしまう。紗月のことをバカには出来ないな。


「だって二人と仲いいじゃん! もしかして、華弥も速水君狙い?」


「わ、私は……別にそういうんじゃないかなあ。ほら、紗月と速水君って入っていけない世界があるような気がしない?」


「ああ、わかるぅ」


「確かにねー」


 彼女たちからの返答に苦笑いをしていると、紗月が物凄い形相でこちらを見ていることに気づく。


 どうしたんだろう。怒っているという事実だけは分かるのに、何を思って紗月がそんな顔をしているのかが分からない。


 ねえ、紗月。どうしてそんな顔をしているの――?


 それから何とかグループでの話し合いを終えると、今度はくじ引きで当番割りを決めた。そして、私と紗月と速水君はそれぞれ違う当番割りという結果になったのだった。


 紗月はきっと速水君と文化祭を見てまわるんだろうな、と紗月を見ながら思った。


「それにしても。紗月、まだしかめっ面してるよ」


 なぜ紗月は未だに不機嫌そうなのだろう。分からない。


 私もまだ紗月のことを全然分かってあげられていないのかもしれないなと思う。


 あとで怒っている理由を聞いておこう――。


 とは思っていたものの、部活や忙しい日常に追われているうちに、私はすっかりと紗月のことを忘れてしまっていた。


 結局私は紗月に怒っている理由を聞けないまま、文化祭の前日を迎えたのである。




 昨日までの教室とは雰囲気がガラリと変わっていた。


 もともと教室にあった机や椅子は、教室の後方に固めて積みあげられているのである。


 机がなくなり広くなった教室内には、いくつかのパーテーションが設置され、クラスメイト達が持ち寄った写真がスナップ写真のように展示されていた。


 なんでもない写真でもこうして並べて装飾してみると、何かの写真展のように見えるから不思議である。


 そんな教室の中央に大きく展示されているのは、私が撮った写真だった。


 私はその写真を速水君と並んでみつめている。


「え……私のこの写真がメインなの?」


「うん。彌富の写真が一番綺麗で上手だってことになって」


 速水君は笑顔でそう言うけれど、そんなことを言われるほどの出来とは思えないような気がした。


 それは、ただなんとなく撮った一枚。


 紗月の家へ行ったときに見つけて、枯れてしまう前に存在を残したいと思ったアネモネを中心とした生け花の写真。


「速水君がアネモネ好きだから、これがいいとかって言ったんじゃないの?」


「はじめはそうだったけど、他の人も彌富のが良いって言っていたんだよ。だから僕の独断ではない」


「へえ……」


 どうせ嘘の彌富華弥は「みんな」の人気者、だものね。


「でも、この写真は本当に上手だと思うよ。光の加減もアングルもすごく良いってうちの母さんも言っていたし」


「この写真を見せたの!?」


 いくら速水君のお母さんがアネモネ好きだからって、そこまでしなくても。


 つい、眉間に皺が寄ってしまう。


「いやいや、見せたんじゃないよ。家で写真の整理をしてたら、偶然見られたんだ! その時にすごく上手だねって言ってた」


「……そうなんだ」


「うん、そうなんだよ」


 しかし。写真を見て、綺麗だなと思うことはあっても、上手だねと普通の人が言うだろうか。


 そんな疑問が浮かぶ。


「ねえ……速水君のお母さんって、いったい何者?」


「ああ、うん。アニメ業界の人だけど、映像のことも詳しいんだ。だからプロからの賞賛だと受け取ってもらえればいい」


「そっか」


 もしかしてカメラマンの才能とかあるのかもしれないなと、私の心は少しだけ躍った。


「速水君、ちょっといい?」


 背後から紗月に呼ばれると、速水君はゆっくりと振り返り、紗月の方に向かっていく。


 楽しそうに並んで歩いていく二人を見て、私は少し寂しくなった。


 いいんだ、これで――と胸にそっと手を当てる。


 そして私は視線をまた、目の前の写真に移した。


「――速水君のお母さんのお墨付きか。なんだか嬉しいな」


 展示されている自分の写真を見つめながら、私はそんなことを呟いていた。

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