始まる、文化祭
文化祭当日。全校生徒が箱に詰められた果物のように身を寄せ合って整列し、文化祭の開始を待っていた。その中の一人が私である。
体育館内の照明が落ち、ステージ上のみが照らされると、文化祭実行委員会と生徒会のメンバーがステージ袖から登場する。
そして、生徒会長がステージ上のマイクの前に立つと、声高々に文化祭の開始を宣言した。
「どこから行く?」「えっとね、私は――」
整列していた生徒たちは、そのまま体育館に残る人と出ていく人で分かれ、立ち上がったり声をあげたり様々だった。
「私はどうしようかなあ」
とあたりを見回す。すでに速水君と紗月の姿はないようだった。
「まあいっか。約束してたわけじゃないし。当番交代まで適当に時間を潰そう」
体育館を出る時にクラスメイト数人から一緒にまわろうと誘いがあったが、なんだか気乗りしなかったため、適当な理由をつけて断った。
そんなわけで、私は絶賛一人ぼっち中なのである。
でも、たぶんこれでいい。気乗りしない以外の理由はないけれど、それ以上に一緒にいく理由もないからだ。
それから私は体育館を出て、校舎の中へ。他のクラスがどんな展示をしているのか見てみようと思ったのである。
「どこのクラスもなんだか手抜きっぽいなあ」
二年生の教室フロアにたどり着いた私は、ついそんな呆れた言葉を漏らす。
二年A組、近隣河川の生態系調査。
二年B組、都道府県うまいものグランプリの結果発表。
いやいや。うまいものグランプリって文化祭関係あるのかな?
なお、C組以降も似たような調査や展示となっている。
私たちのクラスって、あんがい力が入っているんだな。そんなことを思いつつ、私は他のクラスの教室を順にまわっていた。
「今日は一人でまわればいいけど、明日はどうしようか」
そう、我が校の文化祭は二日間開催なのである。
以前は三日間開催だったらしいが、あまり盛り上がらないこともあって、日程が短縮されたんだとか。
ちなみに先月行われた体育祭は逆に大盛況だった。それはやはりスポーツ校特有の空気感や文化なのかもしれない。
そして運動部が活躍する体育祭とは違い、この文化祭はスポーツ校で肩身のせまい思いをしている文化部の活躍の場になる。
来年の部費にも直結することもあって、文化部の出し物は手が込んでいるという噂だ。
「華弥!」
唐突に呼ばれた声に、あたりを見回す。すると、正面からショートヘアの女子生徒がこちらに向かって手を振っている姿が見えた。
私は手をあげて、彼女にその姿を発見したことを伝える。
彼女――
何でも話し合えるほど仲がいいというわけではないけれど、部員の中では一番話す相手だと思う。もちろん私の嘘には気づいていない。
「陽子、どうしたの? こんなところで偶然じゃん。一人?」
「まあね」と苦笑いする陽子。
珍しい。寂しがりやの陽子は、たいてい誰かと一緒にいるのに。
「そういう華弥も?」
「まあ、たまにはね」
「そうなんだ! じゃあ、ちょうどいいかも」
その言葉に、つい眉尻がピクリと動く。
ちょうどいいって、何それ――
「実はね、体育館で軽音部がライブやるんだって!」
目をキラキラ輝かせながら、陽子は言った。
すでに、なんだか面倒ごとのような気がしてならない。
「へえ」
「それでねっ!
陽子は頭を下げて、その前で両手を合わせる。
「他の友達、は?」
「その……幸せ自慢に付き合わせるなと断られちゃって」
その友達の気持ちはわからないでもないな。
「華弥だけが頼りなんだよー」と懇願するような目で陽子は言う。
「はいはい」
陽子からのその誘いに気乗りはしなかったが、彼女とは同じ部活で今後も関わることがあるだろうと考え、今回は仕方なく誘いに応じることにしたのだった。
そして私は、陽子とともに再び体育館に向かって歩き出す。
「楽しみだねー」そう言いながら歩く陽子の足取りは、とても軽やかだった。
そりゃそうか。だってさっきの話題に出てきた三好先輩は、元男子テニス部の主将であり、陽子の彼氏さんのことなんだから。
夏に最後の大会を終え、三好先輩が引退するタイミングで陽子から告白し、交際に発展したらしい。
まだ付き合って二カ月。ラブラブな時期なのかもしれない。
関係を見せつけるつもりはないのだろうが、周囲が辟易するのは見え見えだと思う。陽子はそんな周囲の反応には気が付かないだろうけど。
そしておそらく陽子は、三好先輩の出番が終わったら、その彼と二人で一緒に文化祭を見てまわることも予測済み。私はつまり、それまでの繋ぎってことだ。
本当、都合よく使ってくれるよね。まあ、それが「みんな」の思う私だから仕方ないけれど。
そんなことを考えていると、思わず小さなため息が漏れた。しかし陽子は三好先輩のことで頭がいっぱいらしく、そのため息も聞こえていないようだった。
再びやってきた体育館は、開会式の時とは違い、かなり生徒たちが入り乱れている様子だった。
しかし、ここからは雑然と入り乱れているように見えていたけれど、案外そうでもないらしい。その場にいる全員が同じ目的でいるということはすぐにわかった。
前方にあるステージに食いつくように視線が注がれているからだ。
今はお笑い研究部の生徒が漫才の公演中で、笑い声がそこかしこから響いている。
「先輩の出番は……次だって! 頑張って前の方で見てみない?」
入り口付近にある公演スケジュールに目を通してから、陽子は鼻息を荒くして私を見る。
「いいよ。わかった」
私は満面の笑み――いつもの嘘の笑顔で陽子に答えた。
「やった! いこっ!!」と陽子に手を引かれ、ステージ前の生徒たちをかき分けながら客席の前方へ向かう。
「ごめんなさーい」と陽子は進行方向なら立ち塞がる人々に一声かけて、その間を縫って進んでいた。
さすがソフトテニスの特攻隊長。日常生活でも攻めの姿勢のようだ。ついそんな感心をしてしまう。
陽子のポジションは前衛で、スマッシュをガンガン打ち込むタイプなのである。
そしてもみくちゃにされながらも、私たちはようやくステージの目前についた。ふだんの部活で鍛えてはいるものの、なんだかもうヘトヘト。
なんでこんなことに付き合っているんだろうな、と小さなため息が漏れる。それから目の前のステージを見つめた。
すると、ちょうど軽音部とゲストの三好先輩が登場してきて、演奏を始めるようというところのようだった。
ちらりと隣を見つめると、陽子は熱を上げて三好先輩に視線を送っている。
そして三好先輩も陽子の存在に気が付いたのか、こちらに向かって手を上げた。
「今、絶対あたしにだよね! うわあ、嬉しいなあ」
陽子はそう言って両手で頬を押さえていた。今にもとろけそうな頬を、落ちないようにその手で支えているように見える。
幸せとはこういうことなのだろうか。好きな人と結ばれるとはこういうことなのだろうか。
陽子から目をそらすように俯き、唇を強く噛み締める。
私には、きっと永遠にわからないことなのかもしれないな――。
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