『真実』
花火が終わり、遠くで灯っていた屋台の電気も消え始めた。祭りももう終わりの時間である。
僕たちは初めに集合した駅に向かって歩いていた。
彌富と瑠璃川は仲睦まじそうに僕の前を並んでいる。
「迎えが来るのだけど、二人も乗っていく?」
瑠璃川が僕と彌富を交互に見ながら尋ねると、
「んー、私は大丈夫! 食べたぶん、ちゃんと動かないと肉になっちゃうからね!」
少し申し訳なさそうに彌富はそう答えた。
「そう……」と瑠璃川は少し寂しそうな顔をする。
きっともう少し彌富と一緒にいたかったのかもしれない。それは僕とて同じこと。
ここで解散する、というのは僕も少しもったいなく感じていた。
しかし、瑠璃川には迎えの車が来る。そんな瑠璃川には少々申し訳ないが、僕が彌富ともう少し一緒にいるにはこうする他ないだろうと思った。
「じゃあ、僕が彌富を家まで送るよ! だいぶ遅くなっちゃったし、いくら彌富でも一人で帰すのは心配だからさ」
僕がそう告げると、瑠璃川はやや不機嫌そうな顔をする。
大丈夫だ、瑠璃川。いくら僕が彌富に好意を抱いているからって、彌富を襲ってやろうとか考えていないぞ。断じて!
「華弥、速水君にはくれぐれも気を付けてね」
瑠璃川の言葉に彌富はきょとんとする。
そういうことを本人がいる前で言うんじゃありません! と瑠璃川に思ったが、仕方がないのかもしれない。
僕が彌富に好意を寄せていることを瑠璃川は知っている。もしかしたら、何かのタイミングで彌富に何かしようとするんじゃないかと疑うのは至極当然のことだ。
本当に瑠璃川は友達想いのいいやつだな、と改めて思う。
だが、瑠璃川。僕もお前の友達なんだから! 少しくらいは信じてくれよ。
そんなやりとりをしているうちに、僕たちは駅のロータリーに到着した。
「あ、迎えが……本当に気をつけるのよ華弥。それと速水君、もしも華弥に何かあったら――」
「大丈夫だよ! ちゃんと送り届けるから!」
「分かったならいいわ。それじゃあ」
ロータリーに黒い車が停まると、瑠璃川はその方へと駆けていった。
僕たちは瑠璃川が車に乗り込むのを確認してから、駅構内に向かって歩き出す。
構内は祭りを楽しんだ人たちでごった返していた。そのため、僕と彌富は必然的に身を寄せて歩くように格好になる。
普段からこんな近くで彌富を見ることはなく、自分の鼓動音が彌富に聞こえてしまうのではないかと不安に思った。
「別に家までじゃなくて大丈夫だよ? 私、こう見えてなんちゃって拳法の達人なんだから」
僕が抱いている不安を知る由もない彌富は、いつものような明るい口調でそう言った。
「どこの拳法だよ! それに、なんちゃってって言ってるじゃないか……やっぱり心配だ」
「――本当に、大丈夫なんだけどな」
彌富はそう言って俯く。それから何となく気まずい空気が流れ、乗り込んだ電車内ではお互いに無言だった。
それから三駅先の駅で共に降り、改札を抜けると、彌富は笑顔で僕の方を向く。
「んじゃ、ここで! バイバイ!」
「ちょ、ちょっと待てって」
駆けだしそうな彌富の腕を掴み、なんとか彌富をその場に留まらせることに成功した。
「送っていくって言ってるだろ」
「本当に大丈夫だから」
「でも――」
「あ! ちょっと小腹空かない?」
彌富はそう言って、駅前にあるファストフード店を指差す。
「食べ過ぎたから歩いて帰るって言ったのは誰だよ」
「いいじゃない! いこ!」
彌富に手を引かれ、僕はファストフード店に入った。
僕はホットコーヒー、彌富はイチゴシェークを注文して、二人がけのテーブルにつく。
おいしそうにシェークを啜っている彌富だったが、僕がトイレに行った隙に店から抜け出すような気がして、なんとなく監視するように彌富の前に座っていた。
「帰らないのか。両親、心配するんじゃない?」
「そうかもねえ。あはは」
そういえばさっき、家族のことで悩んでいる様子だったっけ。
もしかしたら彌富にとって触れてほしくないことなのかもしれないけれど、やっぱりなんとなく気になる。
「そんなに家に帰りたくないのか」
僕は彌富の顔を見ながら、尋ねていた。
「――うん。だからもう少しここで時間潰し」
彌富は俯きながらそう言って、ストローをいじる。
彼女はいったい、何を抱えているのだろう。
知りたい。助けたい。
僕が君にできることは、何かないのか――。
「いつもそうしてるの?」
「た、たまにだよ! ほら、たまに親のことが嫌だなって思う時あるでしょ? そんな感じな時だけね」
「そっか……」
僕の家はあまり両親がいないから、そんな思いになったことはない。でも、そう思う彌富の考えが一般的なんだろうな。
他にもっと大きな悩みがあるような気がしたが、彌富が本当にそれだけだというのなら、これ以上深入りすることはないのかもしれないと思った。
家族の問題に口出しできるほど、彌富と親しい間柄というわけではないのだから。
僕はただの仲の良いクラスメイト。中学時代の友人。それだけの関係。
「何かあったら、本当に僕に相談してくれればいいからな。僕は彌富の役に立ちたいんだから」
「――ありがとう速水君」
午後十時が近づき、僕たちは店員たちからの鋭い視線を察して店を出た。未成年は午後十時以降、来店禁止なのである。
「じゃあ、家まで送って――」
「本当に大丈夫だから。お願い。ここでお別れして。家の人に見られたら、何を言われるかわからないし……こんな時間だし」
彌富は何かに怯えた様子でそう言った。
遅くなった理由が異性と出かけていたとなると、両親はあまりいい顔をしないのかもしれない。
ここまで拒否されてしまったのなら、僕もどうしようもないな。
「分かった。でも、ついたら連絡くれないか。心配だから」
「うん。約束する」
彌富はいつもの笑顔で答えた。でも、まだ少しその顔に恐怖が残っているように見える。
「じゃあ、また学校で」
「うん、おやすみなさい!」
僕は彌富が見えなくなるまでその背中を見つめ、姿が消えたところで家に向かって歩きだす。
彌富が抱えている家族の問題は、僕には分からない。でも、いつか彌富が話してくれる日を僕は信じているよ。
すべての『真実』を教えてくれるその瞬間を。
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