夏祭り
提案
「え? 夏祭り?」
僕がそう尋ねると、瑠璃川は得意満面に腰に手を当てて答える。
「そうよ。今週末、河川敷の公園で開催されるの」
「それは知ってるけど……」
「あら、友達のいない速水君でも『夏祭り』という存在は知っていたのね、驚いたわ」
「今、素で驚いただろ! 失礼な! 夏祭りくらい僕だってその存在は知っているんだからな!」
「でも、どうせ行ったことはないのでしょう?」
ニヤリと瑠璃川は笑う。悔しいけれど、その通りだから僕は素直に頷くしかなかった。
「そういう瑠璃川だって、どうせ行ったことないんだろ」
僕と同じでずっと一人ぼっちだったんだから。
すると、瑠璃川は勝ち誇ったような顔をした。
「私はあるわよ! 小学生の時は、まいとし華弥と行っていたもの」
「うぅ……そうだった」
それはなんと羨ましい。小学生の彌富。浴衣姿の彌富……ああ、想像するだけで幸せだ。
「速水君、今ものすごく気持ち悪い顔をしているわ」
「はっ!? 何言ってんだよ、瑠璃川!」
「ああ……そうね。ごめんなさい。気持ち悪い顔をしているのはいつもだったわね。私としたことがこんな間違いをするなんて……」
「本人を前にそこまでの悪口が言えるなんて、本当にいい性格してるよな瑠璃川さんは!」
「あら、ありがとう。速水君の悪口を言わせたら、私の右に出る者はいないわよ」
なんでそんなに得意げなんだよ……
僕がそんなことを思っている傍らで、瑠璃川は楽しそうに笑っていた。
「じゃあ夏祭りの件はよろしくね」
瑠璃川はそれだけ言って、席に戻っていったのだった。
「相変わらずだな、瑠璃川は」
ぽつりと呟きながら、瑠璃川の背中を見つめる。
期末試験の勝負から数日。僕と瑠璃川は今まで通りの関係に戻っていた。
勝負の結果は知っての通り。瑠璃川の圧勝で、負けた僕の日曜日は瑠璃川のものとなったのだ。
その試験期間中に瑠璃川とは少しギスギスとした雰囲気ではあったものの、今またこうして普通に話せるようになったことは、僕としても嬉しかったりする。
同年代の男子高校生と比べたら、僕は友達が少ない方だ。実質、瑠璃川と彌富の二人だけになるわけだから。
だからこそ、せっかくできた新しい友人を些細なこと(彌富をめぐる試験勉強のうんぬん)で失ってしまうのは、他人と一定の距離を保とうとしている僕であっても少々寂しく思っていたため、今の状況に心からホッとしている。
そして瑠璃川との関係が元通りになってすぐの日曜日には、隣町まで映画を観に行き、前回行けなかったチョコレートパフェも食べた。
そういえば。もともとチョコレートパフェを食べに行く予定だった日、僕は彌富の勉強を見ることになったんだっけ。
あの日。家の近くの図書館ではなく、わざわざ隣町へ行こうと彌富は言った。深い意味はないと思うけれど、場所にこだわりがあるなんて少し意外だなあと思ったりした記憶がある。
けれど今思えば、それは瑠璃川にバレないようにするためだったのかもしれない。
彌富だって、瑠璃川が自分のことを好きでいてくれていることくらい察しているだろうから。
「瑠璃川が試験中に機嫌が悪かったのは、彌富を僕に取られたと思ったからなんだろうな……」
瑠璃川と彌富は幼馴染。クラス内外に友人の多い彌富とは違い、瑠璃川も友人と言える人間は彌富と僕の二人だけ。だから瑠璃川は、僕が彌富を独占することが許せなかったんだろうな。
「本当に瑠璃川って不器用だよな……寂しいなら寂しいって言えばいいのに」
席につき、頬杖をついてぼうっと天井を見つめる瑠璃川に目をやりながら、僕はクスリと小さく笑ったのだった。
翌日。休み時間に読書をしていると、彌富と瑠璃川が楽しそうに話している声が聞こえてきた。
「――そうだ紗月! 今週末のお祭り、一緒に行こうよ! 小学生の時によく一緒に行ったじゃない?」
「いいわね! じゃあ、いつもみたいに現地集合でいいかしら」
「おっけー! 紗月の浴衣、楽しみにしてるぞぉ」
彌富はぷにぷにと瑠璃川の頬を突いていた。瑠璃川は恥ずかしそうに頬を染め、視線を彌富から外す。
その時に僕は瑠璃川と目が合った。瑠璃川はハッとした顔をして、気まずそうに俯く。
あ、そっか。僕と一緒に行こうって昨日話したんだっけ。まあ、瑠璃川が彌富と行きたいというのなら、無理に止めることはないだろう。
僕は瑠璃川からそっと視線を外して、読書に戻った。夏祭りに参加できないのは少し残念だが、読みたい本があったのでちょうどよかったのかもしれない。
「帰りに次巻を買って帰るか」
その放課後。鞄を持って立ち上がったところに瑠璃川がやってきた。
「速水君。話があるわ」
「僕は瑠璃川の好きにすればいいと思う」
僕の言葉に、瑠璃川は目を丸くする。いつもの鋭さが嘘みたいだ。
「私が、何の話をしたいのか分かってるの?」
「夏祭りのことじゃないのか? さっき彌富に誘われていただろ」
「ええ、そうよ。でも、いちおう速水君に訊いておきたくて」
「訊くって何を?」
彌富と行くから、速水君は諦めてもらえない? そう訊きたいのだろうか。
分かったよ、という返答を用意して、僕は瑠璃川の言葉を待った。
「華弥の誘いを断るのは嫌。だからその……三人で夏祭りに行こうと思うの」
用意していた返答は行き場を失い、呆然と開いた口の隙間からすり抜けていく。
「――え」
瑠璃川の言葉の内容を整理するより前に、そんな間の抜けた声が漏れ出た。
「いいわよね?」
瑠璃川は首を傾げて、そう言った。
三人で、夏祭り……?
先ほどの瑠璃川の言葉を反芻し、少しずつ状況を飲み込み始める。
三人というのは、瑠璃川と彌富と僕ってこと、か?
「え……え!?」
「何よ。まさか華弥と行くから、速水君は一人寂しく家で過ごせとでも言うと思ったわけ?」
はい、まったくその通りです。
と言ったら言ったで瑠璃川は拗ねるような気がしたため、目を見張るだけに留める。
「でも、いいのか? 本当は二人で行きたいんだろ?」
「まあ――二人で行きたいっていうのは本当よ」
「やっぱり」
僕はお邪魔でしたか。はいはい。
「ち、違うわっ! その……だから――荷物持ちよ! そうよ、荷物持ち! 屋台でたくさん買ったら、荷物持ちがいるでしょう? だから速水君は荷物持ちとして、特別に一緒に行くことを許可するわ」
瑠璃川は頬を紅潮させながら、なんだか必死そうに言っていた。
その姿に、いくら彌富が大事な幼馴染だとしても、新しい友人である僕のことも大切にしてくれようとしているのかもしれないなと感じる。
やっぱり瑠璃川は友達想いの良いやつなのだ。普段は小悪魔のような性格でも。
「わかった。荷物持ちだとしても彌富も一緒に三人で行けるなんて嬉しいよ。ありがとう、瑠璃川」
「勘違いしないで! あくまで速水君は荷物持ちなんだから! デートじゃないのよ、分かってる?」
「もちろん、分かってるって」
何よ、もう。と言いながら、瑠璃川は僕から顔を背けた。
瑠璃川の膨れっ面の理由はよく分からなかったが、そんなことより今の僕は喜びのあまり踊り狂いそうだった。
まさに僥倖! 彌富も一緒に夏祭りに行けるなんて。浴衣とか着てくるのかな。
そんなことを楽しみに、僕は週末を待ったのだった。
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