遊園地
僕は事前に購入していた入園パスを瑠璃川さんに渡した。それは手首に巻くタイプで、お互いにつけたことを確認してから僕らはエントランスゲートへ向かう。
瑠璃川さんはまじまじと手首を見つめながら、嬉しそうにしていた。
もしかしたら、遊園地が初めてなのかもしれない。遊園地にして正解だったかな。
それからテーマパークのキャラクターが描かれているゲートの下で入場スタッフにパスを見せ、ゲートを潜る。
その時、瑠璃川さんの強張った顔が面白いなあと見つめていると、ゲートを潜った後に瑠璃川さんからひどく冷たい視線を浴びせられた。
「あのこと、忘れたわけじゃないでしょうね?」
冷えた視線が相まって、その言葉が冷たさが増す。まるでつららに胸を貫かれたようだった。
「す、すみません」
すぐにあの日の教室のことを持ち出すのはやめてほしいと思うが、あの出来事は僕にとって人質みたいなものなので仕方がない。
今日の言動や行動を気をつけなければ。そう肝に銘じながら、ため息をつく。
「わかったらいいわ。行くわよ」
「待てよー」
スタスタと行ってしまう瑠璃川さんを追い、僕は駆けだしたのだった。
定番のジェットコースターや最新のVRアトラクションにキャストによるパレード。天気の良い日曜日の遊園地は予想以上に人が多く、どのアトラクションも待ち時間が長かった。
待ち時間が長いことは想定内だったが、その時間をどう過ごすかまでを考えていないことに今更気付いたのである。
何か話題がないかと考えを巡らせていると、
「せっかく同じクラスになったのだから、仕方なく私のことを少しだけ教えてあげてもいいわよ」
と瑠璃川さんは腕を組みながら恥ずかしそうに言った。
瑠璃川さんは仕方がないといいながらも、聞いてほしそうな顔をしている。
「ご教示のほど、よろしくお願いします」と答えると、瑠璃川さんは得意満面になり、自らのことを話し始めた――。
彌富と瑠璃川さんは小学生の時に友達になったらしい。そして瑠璃川さんは小学三年生で隣町の学校に転校したが、彌富との関係は続いたんだとか。
小学生の彌富の姿を想像し、少し口元を緩めていると瑠璃川さんが鋭い視線で睨んできた。きっと僕の脳内で彌富がいやらしい妄想をされていると勘違いしたのかもしれない。
僕はそんなに愚劣な男ではないぞ、と内心で呟いた。
「――そういえば。速水君は華弥と同じ中学だったのよね」
「そうだよ」
「速水君は中学の時も今みたいな感じだったの?」
「今みたいなって?」
「華弥以外には冷たいというか……一定の距離を感じるわ」
さすがは学年一位の成績保持者。やっぱり頭脳明晰なんだな。そんなことを察するなんて。
僕は感心しながら、小さく頷き腕組みをした。
「まあそうだな。あんまり他の人のことは信頼してないから」
「でも。華弥だけは特別なのね」
瑠璃川さんは、まっすぐにこちらを見据えてそう言った。
「うん。彌富にはいろいろと世話になったからさ」
「そう……」
瑠璃川さんはそう言って俯くと、口を閉ざした。
僕は何か失礼なことを言っただろうか。先ほどの会話の内容を反芻してみたが、まったくわからない。こういう時は何か話題を振ってみるのがいいだろう。
「――けどさ。そういう瑠璃川さんだって、中学の時も今みたいな感じだったの?」
「概ねそうね。でも、小学生の時はもっと活発だったと思うわ。華弥と一緒に悪戯ばかりしていたもの」
「へえ」
それが今では正反対の不愛想に……何か理由があるのだろうか。
もしかしたら、彌富と違う中学になったことが理由なのかもしれない。彼女を変える何かが――。
何にしても、この話題をこれ以上深ぼることはないだろう。僕も過去のことには触れてほしくはないし。
「過去の瑠璃川さんがどうだったかはよくわからないけど、これからの瑠璃川さんのことはもっと知っていけたらって思うよ」
その言葉を聞いた瑠璃川はわなわなと震え出し、顔を真っ赤にした。また失礼なことを言ってしまったのだろうか。このままでは彌富にあの日のことが伝わってしまうかもしれない。
「えっと、瑠璃川さん――?」
「あなた、誰にでもそんなことを言ってまわっているんじゃないでしょうね。孤独な振りして、常に女子生徒を狙う狼なの? 最低ね! 見損なったわ!!」
「はっ!? なんでそんなことになるんだよ! 今って、『速水君、優しい! きゅん』ってところじゃないのか?」
「う、うぬぼれないで! きゅんとなんてするわけないでしょう!」
ふんっと鼻を鳴らし、瑠璃川さんはそっぽを向く。
本当に女心は難しい。僕はその意味を改めて理解した気がした。
「なんだよ、冗談だって。ははは……」
そう言っている自分がとても惨めに感じる。だが、少しでも瑠璃川と会話ができたことは大きな進歩だと思った。少し傷を負ったけれど。
それからいくつかのアトラクションを周り、僕らは最後に観覧車に乗り込んだ――。
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