瑠璃川さんはどうしてもデートに行きたい

 金曜日、夜。僕は自室のベッドでスマートフォンを片手に明後日の瑠璃川さんとのデートで行く場所を検索していた。


「瑠璃川さんはどういうところを想像してるんだろう」


 そういえば僕、ぜんぜん瑠璃川さんのことを知らないな。


 あぐらをかき、腕を組みながら首を傾げる。


 女子の喜ぶデートスポットか……こういうときに友達とかを頼るんだろうけど、残念ながら僕にはいない。彌富の連絡先は知っているが、瑠璃川さんとデートに行くことを伝えたくはないし。


 僕はそのままベッドに倒れ込み、スマートフォンを投げ出した。


「ああああ……もう」


 唸りながら頭を抱えていると、唐突にスマートフォンが震え出す。スマートフォンを急いで手に取り、その画面を見て思わずぎょっとした。


「げっ、瑠璃川さんか」


 僕のアドレス帳には、両親と彌富以外に瑠璃川さんの名前がある。それは今日の帰りがけに無理やり連絡先を聞かれ、その場で登録するように言われたのだった。


 あの時の威圧感は忘れもしない。誰もいない教室で急に制服のネクタイを掴まれたかと思うと、「スマホを出しなさい」だからな。


 連絡先を知りたいだけなら、もっと良心的な聞き方があっただろうに。彼女は不器用なのだろうか。


 そして僕はため息を吐き、その電話に応じた。


「もしもし?」


「遅いっ! ワンコールで出なさいよ!!」


 その怒鳴り声に、いちど通話口から耳を遠ざけた。


 再び耳に通話口を近づけ、「悪かったよ」と軽く謝罪する。


 そもそも僕が謝る必要はあったのだろうか。というかワンコールって……それはそれで無茶なお願いだな。


「まあ、いいわ。それで。デートに行く場所は決まったのかしら」


「それが、まだ……」


 また怒鳴られるような気がして通話口を耳から遠ざけるが、そんな声は聞こえてこなかった。恐る恐る通話口を耳に当て戻すと。


「――そんなに、私とデートしたくないの?」


 と昼間とは違う弱々しい声がした。その態度に意表を突かれ、思わず首を捻る。


 どうしてそこまでデートにこだわる? せっかく握った弱みなんだから、もっと有意義に使ってもいいんじゃないかと思うのだが。まあ、僕が言うことじゃないけど。


「なあ。なんでデートなんだ。もっと他にあったんじゃないのか」


「それは行きたくないって返答でいいのかしら?」


 急に飛躍しすぎじゃないか!? 女子の心はよくわからん。


 瑠璃川さんに聞こえないようにため息をつくと、僕は率直な想いを彼女にぶつける。


「そうじゃなくて。ただ、そのデートに行きたいっていうのが信じられないから、僕もそこまで本気になれないって言うか……」


「本気だって言ったでしょ。私はあなたとデートをするの。冗談でもドッキリでもないわ」


「だから、どうしてデートなんだって」


「デートがしたいからよ! ダメなの? 男子生徒とお出かけとかしたことないのよ。だからいいじゃない、一回くらい」


 僕とデートと言うより、ただデートというものの感覚を知っておきたいってことだったのか。あんなにルックスも良くてモテそうなのに男性経験は乏しいと。


 そういえば。瑠璃川さんが彌富以外と話しているところをあまり見ないな。もしかしたら、僕みたいに孤独な人生を歩んできたのかもしれない。コミュニケーション能力はあまりなさそうだしな。


「わかったよ。瑠璃川さんがそう思っていたなんて知らなかった。じゃあ、僕も真剣にデートのコースを考える。でも、あんまり期待するなよ。僕だってデートなんてしたことないんだから」


「分かったわ。よろしくね。それと――」


 瑠璃川さんは急に黙り込み、静寂が訪れる。


「瑠璃川さん?」


「あの、ええっと……たの、楽しみにしているわっ。おやすみなさい」


 そう言って瑠璃川さんは一方的に通話を切った。


「楽しみに、か」


 たまには彌富みたいに、誰かのために頑張ってみるか――。


 クスリと笑ってから頭を掻くと、スマートフォンの画面をタップしてインターネットを開く。


「えっと……おすすめのデートスポットっと――」


 僕はその一晩中、瑠璃川さんのためのデートプランを考えた。


 そして翌日。土曜日のうちにデートのための準備を済ませ、僕はついに日曜日を迎えたのだった。

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