たった一人の味方

 三年前――中学二年生の夏のことだ。

 僕は同じクラスの鈴木の財布を盗んだ容疑がかけられていた。


「速水しかいないじゃん。いっつも一人で行動してて、なに考えてるかもよくわかんないし。みんなもそう思うっしょ?」


 鈴木は意気揚々と教室でそう叫ぶ。他のクラスメイト達もその鈴木の意見に賛同するように頷き、鋭い視線を僕に向けていた。


 それで解決するなら僕が犯人でいいよ。実際はどこにいったのかなんて知らんけど。


 僕が無言を貫いていると、しびれを切らした担任教師の金井が「どこに隠したんだ、速水」と訊いてきた。


 教師のくせに無罪の生徒を疑うのかよ。内心でそんなことを思いながら僕は俯く。


 目立っていた小学生の時も周囲から悪く言われ、存在を空気にしている中学生の今でも悪く言われる。どうしたら満足なんだよ――。


「待ってよ、みんな。速水君が犯人だって決めつけるにはまだ早いんじゃない? もっとちゃんと考えようよ」


 その声に僕はハッとして顔を上げた。一人一人の顔を見据えながら彌富華弥が、そう訴えていたのだ。


「でもさ、華弥~。移動教室の時しか私は席を立ってないんだよ? みんな複数人で行動してたんだから、他の人がやるってのは無理がない? あのとき最後まで教室に残って一人で移動してた速水以外いないでしょ」


 鈴木は不満そうに告げ、他のクラスメイトたちも鈴木に賛同するように首肯する。


「でも、私は速水君がそんなことをするような人だとは思えない。彼が絶対にやっていないっていう証拠はないけど……私は、彼が犯人じゃないって信じてる」


 彌富がそう告げると、鈴木は押し黙った。


「彌富がここまで言うなんてなー」

「つうか鈴木。ちゃんと鞄の中見たのか? 見間違いじゃねえの」


 彌富に賛同した男子生徒たちは、口々に鈴木に問う。


「そんなわけ――」


 鈴木がガサゴソと鞄を漁ると、ハッとした顔をして中から紺色の財布を取り出す。


「あった……」

「なんだよ、勘違いじゃん」

「人騒がせなんだからー」

「いやあ。さっすが彌富だな! 名探偵!!」


 恥ずかしそうな顔をする鈴木と、妙な緊張感がなくなってホッとした顔で談笑するクラスメイトたち。


 彌富の活躍でこの件は一段落し、僕は完全に蚊帳の外の人間になっていた。そのため、鈴木からも他のクラスメイトや担任教師の金井からの謝罪はとうぜんのようにない。


 そしておそらく、今回の件は彌富が行動を起こさなかったとしても、明日にはすべてのことに片が付いていたことなんだろう。僕が知らないうちに。


 彌富には余計な手間をかけさせてしまったかもしれないと、少々申し訳なく思う。

 まあ。そうとは言っても、そこまで気にすることもないかもしれない。


 さっきはああして庇ってくれた彌富だって、今日のことなんか明日には忘れるだろうし、僕のような嫌われ者のことなんて眼中にないことは分かっているから。


 何はともあれ。すべて解決したのならそれでいい。僕はそう思ったし、それが今の僕の在り方だった。しかし――


「ちょっとみんな。それでいいの」


 その場にいた全員がきょとんとした顔で彌富を見た。もちろん僕も。


「だって財布は見つかったし、一件落着じゃない?」


「そうだけど」


 彌富はちらりとこちらを見る。その瞳は蝋燭に灯る炎のように、かすかに揺らいでいた。そのとき僕は、彼女が僕の代わりに怒ってくれていることを知ったのだった。


「これじゃ、速――」


 彌富の発言を遮るように僕は立ち上がり、「トイレ」と言って教室の扉まで歩く。出がけに彌富の方を見ると、彼女は目を伏せて悔しそうに口をきゅっと結んでいた。


 あれ以上は彼女に言わせるべきじゃない。みんなに愛されているの彼女があの場でまた僕を庇えば、今まで彼女が築いてきたものを壊してしまうような気がして、僕は許せなかったのだ。


 それから僕はトイレには行かず、校舎外にある渡り廊下の手すりに頬杖をついて、時間を潰した。


 今はまだ六限目の途中。そんな時間にこの廊下を通る生徒はいないし、教室棟から死角になっているこの場所は、授業中にサボるにはとっておきの場所だったりする。


 蝉の鳴き声がそこかしこから聞こえ、太陽からの熱を受けた額には汗がにじんだ。


「暑い」


 梅雨が明け、もうすぐ本格的な夏が始まるんだろうなと憂鬱な気持ちになる。大きくため息を吐くと、教室棟へ続く扉の方から声がかかった。


「あー、いたいた。戻って来ないから心配したんだよ」


「彌富、さん……」

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