32 <幸運:大成功>
チャットルームでボイスチャットのまま、話し合いが行われた。
全員、GODによって異世界へ送り込まれたことは覚えていたが、その後についての記憶は、どうやら死んでいた期間が長いほど、曖昧になっていた。
僕以外の皆が一度死んだと伝えると、皆驚いていた。
カイトは家を買う前後のことから殆どを覚えていたし、チャバさんは酒場の店主の名前も言えた。
しかしジョーとピヨラは、自分たちが冒険者として数ヶ月かけて魔物を討伐していたことすら覚えていなかった。
ベルのことを覚えていたのは、僕だけだった。
僕たちが今ここにいて、あの世界が消えることの意味も。
僕の願いは、ちゃんと届いたのだろうか。
「……」
「デガ、大丈夫か? あんたが一番覚えてるっぽいもんな」
チャバさんが気遣ってくれる。
「うん、大丈夫。皆無事に日本へ戻ってこれたってことで。ただ、ちょっと疲れたから、今日はもう休むよ」
「そうだな。もう遅いし。じゃあまたな」
「お疲れ様ー」
それからしばらく、僕たちはTRPGの話をしなかった。
チャットルームには入るが、テキストチャットだけで雑談をしたり、たまにオンラインゲームで一緒に遊ぶような場所と化した。
僕はというと、チャットルームに入る頻度も減り、オンラインゲームの誘いにも乗らず、半月もする頃にはチャットツールを立ち上げることすらしなくなった。
皆と居ると、居たはずのもう一人の存在をどうしても思い出す。
遣り切れない喪失感が常に付き纏って、何に対しても無気力だった。
家族や友人に心配されたが、僕はこれを治すつもりはなかった。
*****
異世界から戻ってきて、三ヶ月が過ぎた。
僕は相変わらず、家と大学を往復し、ただやるべきことをやるだけの生活を送っていた。
チャットルームがどうなったのか、全くわからない。
個人的な連絡先は誰にも教えていなかったし、僕自身はSNSもやっていない。
他の皆のSNSを見ることもしなかった。
その日もいつも通り大学へ行き、構内を歩いていると、周囲がなんだか騒がしくなった。
「綺麗……」
「あんなコ、いたっけ」
「外人さんかなぁ」
「モデル? 何かの撮影でもあんの?」
そんな声が聞こえてくる。
ざわめきは、何故か僕の周囲へ集まるように近づいてきた。
「デガさん」
振り返ると、そこには――翠玉色の瞳に、プラチナブロンドの長い髪を肩のあたりで緩く結った、ベルによく似た美少女が立っていた。
黒いカットソーの上から、袖のない臙脂色のワンピースを着ている。
「えっ!? は、はい……?」
デガ、と呼ばれるのは珍しいことじゃない。
オンライン上のハンドルとして使ってはいるが、元々名字の上二文字だから、友人たちにもそう呼ばれている。
但し皆、呼び捨てだ。さん付けするのは……。
だけど、ベルによく似ているとは言え、こんな美少女の知り合いはいない。いないはずだ。
「わたくしです。ベルです。……どこかで、お話できませんか?」
耳を疑った。
「ベル? ……あのベル? どうして……」
「ここではその、目立ちますので」
周囲の視線は、僕にも突き刺さり始めていた。痛い。
「わ、わかった」
僕は狼狽えつつも、ベルを案内した。
僕が使っている研究室には、幸い誰も居なかった。
ベルに椅子を勧め、僕は研究室の設備でティーバッグの紅茶を淹れて、ベルに渡した。
僕自身はベルのすぐ横の椅子に座った。
「安物のお茶だけど」
「ありがとうございます」
ベルは優雅な仕草で紅茶のカップを口に運び、一旦机に置いた。
「それで、ベルは、あのベルなの?」
「はい。この世界では『
「!!」
「!?」
思わず、ベルを抱きしめていた。
ベルがいる。生きている。僕と同じ世界で。
「デガさん、あの……」
「あっ!? ご、ごめん! 思わず……」
「嬉しいのはわたくしも同じです。ですが今は、ご説明が先かと」
「そ、そうだね、よろしく」
あの世界の教会で祈っていたベルは、いつもとは違う声を聞いた。
<この世界は『私』が引き受けました。世界の調整を行います>
女性の声がして、気がついたらこの世界にいたそうだ。
前の世界のことは全て覚えているが、この世界での生まれた時から現在までの記憶を違和感なく受け止めることができた。
魔力や聖女の力はなくなってしまったが、今更そんなものが必要ないことも、理解した。
「あの世界の人々は全て、この世界に取り込まれたそうです。あの世界には数百人しかいませんでしたので、こちらの世界に紛れ込ませるのは容易だった、と」
しかし、前の記憶を持っているのはベルのみだという。
「デガさんがこちらにいらっしゃることは、新たな神が教えてくれたのです。それで、会いに来ました」
ベルがふわりと笑みを浮かべる。
「三ヶ月、どうしてたのさ」
「三ヶ月? ……わたくしがこの世界で目覚めたのは、つい先日です。もしかして、デガさんは三ヶ月前にこの世界へご帰還なされたのですか?」
「うん」
タイムラグがあった様子だ。
神といえど、別の神が創った不完全な世界を引き継いで、更に別の世界に統合したのだ。ズレがあってもおかしくはない。
「そうでしたか……。随分、お待たせしてしまったようで」
「いいんだ。ベルがこの世界にいてくれて、嬉しい」
もう一度抱きしめたい衝動をどうにか押し留めてベルを見ると、ベルははにかんだ。
「でもどうしてベルだけ記憶を持ったままこっちへ来れたのかな」
「簡単な話です」
ベルは、むん、と胸を張った。相変わらず……いやなんでもないです。
「デガさんはわたくしを、『僕の聖女だ』と仰ってくださいました。あの時、わたくしはあの世界の元の神の支配から離脱していたのです」
「そんな効果があったのっ!?」
半ば冗談で言ったのに、
「今の神やこの世界の神は、あの神と違って大らかです。信仰対象が一個人であっても、認め、受け入れ、許してくださいました」
ベルは紅茶を飲み干して空のカップを机に置き、向かいに座る僕の手に手を重ねた。
「デガさん。わたくしは、デガさんのことが好きです」
ベルの目は真剣だ。
僕はベルの手を握り返して、胸元まで持ち上げた。
「僕もベルが好きだよ。えっと、この世界の常識はもう分かってるんだよね?」
「はい」
「じゃあ、お付き合いから始めたい、です」
直前に「自分から言う」と決めたことだったのに、いざ口に出すと、変な言い方になってしまった。かっこ悪いな。
でもベルはそんな僕を笑ったりせず、あの柔らかくて神々しい笑みを、顔いっぱいに浮かべた。
「はい!」
*****
「デガ、久しぶり!」
「お久しぶり。皆元気にしてた?」
ベルと再会したその日、僕は久しぶりにチャットツールを立ち上げた。
夜十時を回っていたが、全員揃っている。
真っ先に「久しぶり」をテキストチャットで言ってくれたのは、タイピングの早いカイトだ。
「ちょっと心配してたぞ」
これはチャバさん。
「ごめん。どうにも乗り気になれなくて」
「そういうときもあるよね」
ひらがな多めなのは、ピヨラだ。
「ところでさ、僕の知り合いをここに入れたいんだけど、いいかな」
「お、いいぞ」
あっさり了承を出したのはジョーだが、全員異議なしの様子だ。ほっとした。
「じゃあ入ってもらうね」
僕はメッセージツールで、ベルを呼び出した。
「こんばんは。初めまして。ベルと申します。よろしくお願いします」
ベルと僕が付き合っていることは、割とすぐにバレた。
この後ひと月ほどして、僕たちはカイトが
僕にダイス目操作チートはもうない。
ダイス目は気ままに期待値を前後し、時折クリティカルやファンブルを出す。
それが、とても楽しい。
TRPGの世界に召喚されて全滅した仲間を生き返らせて元の世界へ帰るために、チート能力「ダイス目操作」を駆使してこの世界を蹂躙します。 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro
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