22 気づ……かない

 やっぱりこの世界はおかしい。


 クウちゃんに乗って空を飛んでいると、景色が視力の良し悪しのせいではなく、ぼんやりとしか見えない。

 解像度の低い、一昔前のゲーム画面みたいに、山か草原か、岩か草か木か人工物か、そのくらいしか区別がつかない。

 ベルも景色を見ているが、全く気にしていない。


「あの辺りですよ」

 地図や方位磁石も無いのに、ベルが「目的地」へ的確に移動できるのも、よく考えたらおかしな話だ。

 日のある方向や時間で方角を知る方法はあるが、そういうものに頼っている様子もない。

 ベルの頭の中にマップがあって、目的地に到着したと自動的に判定しているような……。

「デガさん、着きましたよ?」

 いつの間にかクウちゃんが地面に降りていた。

 ベルに言われて、慌ててクウちゃんから降りる。

 今回は森の中だ。

 近くに商人がよく使う道があるのに、このあたりに危険度SSのレッドドラゴンがよく出没するそうだ。

 以前討伐した危険度A~Sのグリーンドラゴンよりも体格は小さいが好戦的で、人間を見ると炎の吐息フレイムブレスを使ってくる。


<探知:大成功 近くに魔物はいない>

<探知:大成功 二百メートル先にレッドドラゴンがいる>


「二百メートル先にレッドドラゴンがいる」

「どうしますか?」

「やってみるよ。ベルはここで待機してて」

「お気をつけて」


 ベルを置いて、気配のする方へ向かう。

 緑色の森の中だから、レッドドラゴンの赤はとても目立つ。


<先制:大成功 相手は襲撃に気付かない>

<命中:大成功 クリティカルヒット>

<攻撃:大成功 即死>


 僕は足音と気配を殺してレッドドラゴンの死角から忍び寄り、背中の翼の付け根の間を思い切り殴りつけた。

「グオンッ」

 レッドドラゴンは大きく叫んで、どすんと横に倒れ、動かなくなった。

 攻擊のダイスロールが「即死」になっていたけど、ここが急所だとは知らなかった。

 それとも、何かの補正が働いて強制的に即死になったのかもしれない。


「ええと、角と翼だったな」

 消える前に売れる部位を切り取り、暫し待った。


<運:大成功 レアアイテム入手>


 レッドドラゴンが消えた後に、握りこぶし大の赤い石が落ちる。

 それを持って、ベルのところへ戻った。


「これが魔核です。一匹目で出るとは、流石デガさんです」

「チートのお陰だよ。だけど、良かった」

 あと一つ、あと一匹レッドドラゴンか他の危険度SSの魔物を討伐して魔核二つを教会に持っていけば、聖石が一つ完成する。

「デガさん、教会の魔核の備蓄が三つのままとは限りません。他の誰かが魔核を持ち込んで、既になくなっているかもしれません」

「そうか、他にも蘇生したい人がいるかもしれないんだね」

「ええ。できればあと九匹、倒してしまいましょう。レッドドラゴンだけなら近くに少なくとも、あと四体は別個体がいるはずです」

「わかった。探そう」


 それから半日かけて森中を歩き回り、追加で三匹倒すことができた。

 日が暮れたので、途中で見つけておいた少し開けた場所で、野営の準備を始めた。

 手順は予めベルに教わっていたが、実際にやるのは初めてだ。


<手先:大成功 野営の準備は万全>


 こんなところでもダイスチートが役に立った。

 僕はベルに教わったことを完璧に思い出し、手際よくテントの設営を完了した。

 そこへ、ベルが魔物避けの防護魔法を掛けてくれる。

 これで夜襲の心配もない。


 食事は、携帯固形食とスープで済ませた。

「次の野営のときは料理もしてみたいな。なるべく簡単なやつ」

 僕が初めての野営だということで、料理用の道具類は使わなかった。食材の準備もしていない。

「このあたりなら森の獣を狩るという手もありますよ」

「狩りかぁ……」

 日本で、狩猟後の動物解体の動画を一瞬だけ見て、即ブラウザバックしたことを思い出す。

 これまでたくさん魔物を倒しておいて、且つ普段から肉料理を食べておいて何だが、自分の手で獣を狩って解体して……という行為が、怖い。

「気が進みませんか?」

「うん。ごめん、情けなくて」

「いいえ、最初は皆そうです。わたくしも、できないことはないのですが、未だに慣れません」

 ということは、ベルは経験済みなんだな。

「次……また今度、こういうことがあったら、挑戦したい」

「はい。わたくしもお手伝いします」


 いつもの寝る時間には早かったが、夜の森でできることは、ほとんどない。さっさと寝て、明日の朝早めに起きようということになった。


 ここで僕は致命的なミスにようやく気がつく。


 テントは一つ。

 僕とベルは二人。


「おやすみなさいませ、デガさん」

「おやすみ」

 テントの中で寝袋に入って、ベルに背を向ける。


 今更だが、ベルは美少女だ。

 身長は百八十センチメートルの僕より少し低いくらいの、女性にしては長身な方に入り、スタイルは抜群。

 そして僕に対し友好的である。

 こうして一つテントの下になっても、嫌がる素振りは見せない。

 会ったばかりの頃に握手で赤面していたのは「男性と接する機会が無かったものですから」とのこと。

 つまり、照れていたのだ。

 初めから、僕を受け入れてくれていた。


 もやもや考えていると、ベルからすうすうと静かな寝息が聞こえてきた。寝付きがいい。

 僕を信頼してくれている。

 誰かに信頼されるって、心地いいものなんだな。


 僕も、いつの間にか眠っていた。




「おはようございます、デガさん。まだ暗いですが、そろそろ起きましょう」

 ベルに揺り起こされて、寝袋から這い出した。

「おはよ……寒っ!」

 思わず寝袋の中へ戻るところだった。

 後で聞いたのだが、このあたりに四季というものはなく、一年中ぽかぽかと温かい気候なのだそうだ。

 しかし山の上の方や早朝の森など、寒い場所や地域は存在する。逆に暑い地域もあるそうだが、ベルは行ったことがないとか。

「焚き火を熾して、朝食を頂きましょう。体が温まりますよ」

「う、うん。僕がやるよ」

 火付けトライはダイスチートのお陰で一発で成功した。

 昨晩と同じメニューを二人揃って食べ、野営の後片付けをした。

「はぁ、温まってきた。ベルは平気?」

「ええ、大丈夫です」

 そう言うベルの唇は青い。よく見れば、顔色が悪い気がする。

「ベル、無理してない? ちょっと熱測らせて」

「大丈夫です……ひゃっ!?」

 ベルの額に手をやると、かなり熱い。

「今日はもう帰ろう。クウちゃん呼んで」

 危険度SSをもう一匹狩ってから帰路につくつもりだったが、予定変更だ。

 仕事はレッドドラゴン一匹以上狩れば達成したことになるし、健康なベルとクウちゃんがいれば、ここへはいつでも来れる。

「しかし……」

「呼んで」

 強めに言うと、ベルは「わかりました」と大人しく竜笛を吹いた。

「キュルルルル」

 上から降ってきたクウちゃんは、ベルを見るなり頭をベルの額に押し付けた。

「ほら、クウちゃんまで心配してるじゃない」

「うう……すみません、こんな時に」

「僕、察しの良い方じゃないからさ。今度から体調悪かったらすぐ言って。ベルに何かあったら……」

「デガさん?」

「とにかく、帰ろう」

「はい……ひゃっ!?」

 僕はベルを横抱きにして、クウちゃんに飛び乗った。ベルを両手で抱きしめたまま、足の力だけでクウちゃんにしがみつく。

 クウちゃんはベルの指示なしに、最高速で飛んでくれた。

「あ、あの!?」

「大丈夫、筋力上がってるから。ベル軽いし」

「わ、わたくしこそ、ここまでしていただかなくても……」

「心配させたベルが悪い」

「……では、よろしくお願いします」

 理不尽な物言いだったが、ベルは早々に白旗を出した。素直でよろしい。



 家に帰ると、まだ誰も居なかった。二人とも仕事だ。

 ベルをそのまま部屋まで運び、前回の経験を元にお医者さんを呼びに走る。

「森へ行ったのですか。ならば、森熱ですね。森の冷たい空気を体内に取り込むと、こうなることがあるのです」

 前回と同じ女医さんにそう診察されて、薬を処方してもらった。

「森熱なんて聞いたことないや。経験ある?」

「話は聞いたことがありますが、まさか自分が罹るとは……。すみません」

「謝ることないよ。ゆっくり休んでて」

「はい」

 薬の作用か、ベルは大人しく眠った。

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