21 飛び級と準備
夕食の後、深夜を回った頃にチャバさんが帰宅した。
「デガー! 無事だったかー!」
僕に抱きついてきたチャバさんからは濃いアルコールの臭いがする。
「おかえりなさいチャバさん、また酔ってますね」
「お酒断れないんだもーん」
「喉痛めますよ」
「飴ちゃん食べてるからヘーキヘーキ」
酒場の歌姫としてちょっとした有名人になったチャバさんは、歌い終わるとファンからお酒や食べ物を貢がれるようになった。
チャバさんはお酒にあまり強くない。ほぼ毎晩のように、こうして酔っ払って帰ってくる。
「チャバさん、お水どうぞ」
「ありがとベルー。ベルも無事だったねー、いい子いい子」
チャバさんは水の入ったコップを受け取り、飲まずにベルを片手で抱きしめた。
「ちょっ、ど、どこ触ってるんですか」
「ぐへへー、ふわふわー」
ドコ触ってるんですかね。僕とカイトはふいっと目を逸らした。
ベルがチャバさんを誘導してお風呂に入らせ寝かしつけるのが、恒例になってきた。
「いつも悪いね」
「とんでもない。皆様にお仕えできることがわたくしの喜びですので」
聖女みたいなことを言う。……そういえば、正真正銘聖女だった。
どんなに酔っ払っても、宿酔いにはならないのがチャバさんの凄いところだ。
「でね、結構貯められたのよ。はい」
チャバさんが革袋を食卓の真ん中にどすん、と置く。
今は朝食の後だ。チャバさんは珍しく早い時間に起きてきたとおもったら、唐突に「仕事が上手くいっている」という話をしはじめて、革袋を取り出したのだ。
「これは?」
「一千万マグ入ってる。あたしの正規の給金分はちゃんと別に取ってあるから、大丈夫。ま、デガたちの稼ぎに比べたら微々たるものだけどさ」
チャバさんは得意げにニッと笑った。
「気にしなくていいって言ったのに」
「デガ、実は俺も」
カイトの手によって、食卓の上に革袋が追加される。
「俺からも一千万マグ。冒険者ギルドのシステム改良したら、他の町のギルドも恩恵が受けられたってんで、特別ボーナス貰いまくりなんだ」
自宅のテーブルの上に、二千万マグが無造作に置いてある。不思議な光景だ。
「助かるよ。ただ……言い辛いんだけど」
「一人分にすら届かないのは十分承知だ」
「いや、そういうことじゃないんだ。実は」
そもそも材料がなくて、お金を積んでも聖石が入手できないことを話した。
「ああー……」
「無いものはしかたないねぇ」
カイトとチャバさんが揃って唸る。
「だから、今日はこれからベルと一緒に、危険度SSの魔物を討伐しようかと」
「結局デガ頼りかぁ」
「適材適所だよ」
「どうしてデガだけチートあるんだろうなぁ」
カイトがぽつりと漏らした言葉に、僕は突然、この世界へ来る直前のことを思い出した。
「この世界へ来る前、モニターが発光したよね」
「した」
「したねぇ」
「もにたー?」
ベルに対して説明を挟みつつ、話を続けた。
「最初は目を瞑ってたんだけど、僕、足元にコーラこぼしちゃって。それで一瞬目を開けたんだ。その時に……」
白髪白髯の老人の姿が見えて、僕はチートを授かった。
「それ、もしかして……」
「多分、あいつだと思う」
僕たちがこの世界へ来るきっかけとなったTRPG「D&T」のオリジナルシナリオのGK、GOD。
今どこで、何をしているのだろうか。
カイト、ベルと一緒に冒険者ギルドへ行くと、カイトが速攻で呼ばれた。
「これ、どうやるのかこっちの新人君に教えてやってくれるか」
「わかりました」
この世界へ来て、まだ三ヶ月も経っていない。カイトは生き返ってから二ヶ月半ほどで、すっかり冒険者ギルドの職員としてなくてはならない存在になっていた。
僕とベルはカイトを見送って、別の受付さんにギルド長を呼んでもらうように頼んだ。
「危険度SSの魔物討伐か。無いことはないが……。ああ、デガのランクを上げればいいのか」
「そんな簡単に決めていいんですか?」
「魔王討伐してきた者が何を言う。今からデガの冒険者ランクはSSSだ」
SSを飛び越えて、いきなりSSS、冒険者の最高ランクだ。
早速、ギルド長自らカードの更新をしてくれた。
ベルのランクは上がらなかった。ギルド長はランクSSにすると言ってくれたが、本人が「わたくしは何もしておりませんので」と固辞したのだ。
「デガのランクがあれば、ミヒャエル嬢と二人で危険度SSの仕事をしても問題ない」
「ありがとうございます」
後は依頼板で危険度SSの魔物討伐の仕事を請けて、魔核が出るまで魔物を倒すだけだ。
「よっし、頑張ろう」
「はい!」
魔物は危険度が高いほど、町から遠く離れた場所にいることが多い。
「町の近くに出ないなら、仕事の数は少ないんじゃ……」
「遠方へ出かける方、主に商人などが道中に遭遇する可能性を下げるために、依頼が出されることは多いですよ」
「なるほど」
とはいえ、ベルが選んできた依頼メモは、クウちゃんに連れて行ってもらっても、日帰りが厳しい距離のものばかりだった。
「僕、野宿って経験無いんだ」
日本じゃキャンプが流行っていたが、僕には何が楽しいのかわからなくて、やったことがない。
「そうでしたか。やれそうですか?」
「四の五の言ってる場合じゃないからね。色々と教えて欲しい」
「承知しました」
町で野営に必要なものをベルに教わりながら買い込むだけで、この日は終わってしまった。
「野営かぁ。俺もやったことないな」
自宅での夕食の後、カイトに話を振ったらこう返ってきた。
「興味はある?」
「無い。外じゃノーパソ一台持ってくくらいしかできないだろ?」
カイトは「朝起きたらパソコンに電源入れないと、俺も目覚めない」と言い切るほど、パソコンとは親密な生活を送っていた。この世界にはパソコン自体が無いため、その情熱が受付の仕事や料理に回っているのだ。
「デガはどうなんだ」
「色々買い物して野営道具見てたら、ちょっと興味出てきたとこ」
何事も準備している時間ってワクワクするよね。
火を熾す道具や携帯式の折り畳める焚き火台、小ぶりの食器やテントに寝袋。日常じゃ使わないものを、早く使ってみたい。
「若いっていいねぇ」
カイトが腕を組んでうんうんと頷く。
キャンプに興味が出るのと年齢はあまり関係ない気がするが。
「そういうわけだから、明日から家をあけるよ」
「わかった」
初の危険度SS討伐の仕事は、最短で一泊二日の予定だ。
僕はダイス目チートの『他人のダイスに干渉できる』技能を駆使して、カイトやチャバさんに危機が訪れた際、危機回避のためのダイスロールは全てクリティカルが出るように設定してある。
地下室で眠る二人や家自体にも設定したかったが、死体や家はダイスを振れないのでできなかった。当然か。
翌朝、僕とベルはいつもより早く起きた。
「おはよう、デガ、ベル」
「おはよう……って、チャバさん、どうしたの?」
キッチンへ向かうと、なんとチャバさんが起きていた。手元では目玉焼きを作っている。
「デガ達としばらく会えなくなるって聞いたからさ。顔見ておこうと思って。コレはついでだよ」
コレ、のところでフライパンを軽く持ち上げた。
「しばらく、って言ってもほんの二、三日だよ」
「まあいいじゃん。さ、できたよ。食べて食べて」
いつもカイトが作ってくれるのと同じ朝食、つまり、サラダとスープに、焼いたベーコンと目玉焼きが乗った食パンが揃っていた。
「あれ? チャバさんほんとに起きてたんだ。……で、俺の分は?」
カイトもやってきて、食卓の上を見る。朝食は二人分しかない。
「無いよ。二人分作るのが精一杯だった」
チャバさんがアハハと笑うと、カイトは脱力した。
「だったら俺が作るのに……」
「あの、わたくしの分を」
「いいっていいって。すぐ出るんだろ?」
「その……はい。では、いただきます」
僕とベルはお言葉に甘えて、朝食を頂いた。
チャバさんの料理は、ちょっとだけ味付けが濃かった。
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