18 お菓子と違和感と魔王

 リビングのテーブルには、大量にお菓子が載っている。

 マフィン、クッキー、パウンドケーキ、マドレーヌ等など。

 それぞれ数種類ずつ、味や入っているものが違う。

「どうしたのこれ」

 カイトに尋ねると、カイトが照れ笑いした。

「いやあ、この家のキッチンのオーブンってすっごいデカいんだよ。で、折角だからお菓子でも焼こうかなって市場で材料探したら業者用が割安だったから」

「なるほど?」

 僕はお菓子を作ったことがないのでよく分からないが、カイトは楽しそうだ。

「こんなに食べきれねぇだろ」

「余ったら職場で配るさ。チャバさんも酒場に持ってってくれ」

「いいのか? しかし、本当に料理上手だな。ん、美味い」

 チャバさんは既に数種類のお菓子をもりもり食べていた。


「お菓子どころじゃないんですっ!」

 テーブルの上のお菓子たちを凝視していたベルが、何かを思い出して大きな声を出した。

「ああ、そうだった。魔王討伐とか不穏なこと言ってたな。まぁ、お茶持ってくるから、座って食べてろよ」

「はい!」

 ベルが先ほどと同じ音量で返事をして、どすんと椅子に腰掛け、手近なクッキーを二、三枚わしっと掴み、口に放り込んだ。

 怒りの表情を浮かべながら咀嚼して飲み込み、今度はパウンドケーキ一切れをフォークで勢いよく突き刺し、一口で頬張る。

 怒るか食べるか、どっちかにしたほうがいいと思うんだけどなぁ。


 僕も薄切りアーモンドの乗ったマフィンを一口齧る。表面はしっとりしていて、中はふわふわだ。

「どうだ、デガ。っつーか甘いもん平気か?」

 お茶の準備を持って戻ってきたカイトが、手際よくテーブルにお茶を並べる。

「美味しい。甘いもの好きだよ」

「そうか。デガは辛口カレー好きだから、甘いのはどうかなと思ってたんだ」


 僕はベルの正面に座り、今度はクッキーに手を付けた。


「で、魔王討伐ってどういうことだ?」


 僕とベルで、カイトとチャバさんに事情を説明した。

「デガは魔王倒せるの?」

「そうみたい」

 お菓子を一通り食べたチャバさんの質問に、僕はやや曖昧に肯定した。

 僕のステータスを見たギルド長からは「これなら何も心配いらぬな」と太鼓判を押されたが、実際に魔王と相対してみないとわからない。

「すっげーなぁ。でも、気をつけてくれな? 魔物のことや、地下の二人のことで頼りになるのはデガとベルだけなんだから」

「うん。って、僕だってチャバさんとカイトのこと、頼りにしてるよ」

 二人が居なかったら、自力で家事をこなさなければならない。

 そもそも家を持ったかどうかも怪しい。

 やはり自宅があると、お金の貯まり方が違う。

 初期費用や維持費はかかるが、長い目で見れば宿代と外食費より安い。

「へへ、そう言われるのは悪くないね」

 チャバさんが照れながらお茶を口にした。

「にしても、町まるごと人質にされたら、デガがやらないわけにはいかない、か」

 カイトが口に手を当てて唸る。

「あたしら、とんでもない国に召喚されちまったもんだ」

「そういや、最初の頃に『魔王を倒せば元の世界に帰れる』みたいなこと言われなかったっけ?」

「言われたなぁ。でも、魔王は四匹いて、最悪数日で蘇るんだろ? そんで塔は立地的に、馬使っても全部回るのに十日以上かかる。無理ゲーじゃね?」

「全部倒せとは言われてないよね。最初のときも、今回も」

「どうしてデガさんが魔王を倒す前提で話をしてらっしゃるのですかっ」

 ベルがまたしても大きな声を出す。口の周りにお菓子のカスが付いているのを、チャバさんが布巾で拭ってあげた。

「まあ落ち着きなよ、ベル。気持ちはわかるが、現状倒しに行くしかないだろう?」

「そうなんですけど……あの国の言いなりになることに、納得いきません」

 ベルは口元を拭かれたことに赤面し、浮かせていた腰を椅子に下ろした。

「僕は行くよ、ベル。これはあの国が本当に約束を守るかどうか、試すためだ。ちゃんと報酬を払って、僕たちに元の世界への帰還方法を教えてくれるならよし。約束を破るようなら、今後二度と言うことは聞かない」

「あ……はい……」

 ベルは見るからに意気消沈して、俯いてしまった。

 強く言い過ぎただろうか。

「ごめん、ベル。僕のこと心配してくれてるのに、言い過ぎた」

「いえ、……大丈夫、です」

「デガ、あんたさぁ……」

「まだ若いんだなぁ……」

 何故かチャバさんがジト目で、カイトが深々とため息をついて僕を見る。

「え、何?」

「なんでもないよぉ」

「おじさんたちは見守りますよ」

 マジで何なんだ。




 やると決めたら、行動は早い方がいい。

 翌日早速、魔王の塔のひとつ、北の塔へ向かった。

「クウちゃん、よろしく頼むな」

「キュルルル」

 移動手段はクウちゃんだ。馬の数倍は早いから、クウちゃんなら数日以内に塔の魔王全てを倒しきることができる。

 ただし、魔王全てがいなくなるというのは、過去前例が無いそうだ。


 もしかしたら、魔王が再出現しなくなるかもしれない。


 この世界には魔物から出るアイテムが資源として、人の世界を支えている。

 魔王が再出現しなくなれば、魔物も居なくなってしまう。


「でも一度、やってしまうのも良いかもしれませんね」

 昨日はあれだけ反対していたベルだが、もう自分の中で折り合いがついたらしい。

「この世界の『歪み』とも関係があるかもしれませんし」

「それは……どうかな」

 この世界がどう『おかしい』か、ということは、家で度々話題になる。

 カイトに言わせれば「貴族制が残ってて庶民には義務教育もないのに上下水道完備だったり、空飛ぶ魔物もいるのに何故か町には入ってこないとか、まさにTRPGの都合のいい、なんちゃって中世ヨーロッパなんだよなぁ」だそうだ。

 チャバさんも「他の歌い手にデスボイス教えても、皆あたしの前ならそれっぽい声出せるのに、翌日には教えたことすら忘れてるの、不気味すぎる」と訝しんでいた。

 僕自身も違和感がある。

 仕事を休んだ日は相変わらず暇で、町の散策に出かけたいのに、毎回何かしらの出来事が起きて結局一度も叶ったことがないのだ。

 それに魔物を討伐する場所も、森か荒野か岩場の三つしかない。

 まるで、冒険者ギルドと自宅、それに必要最低限の商店やロケーションといった舞台しか用意されていないみたいに。


 ベルには詳しく聞けていない。

 子供の頃の話を思い出そうとしただけで頭痛を起こし倒れてしまう人に、これ以上負担をかけてはいけない気がする。


「見えてきましたね」

 ベルの声に顔を上げると、巨大な真っ黒い塔が建っているのが見えた。

 所々に設置してある篝火には青い炎が灯っていて、真昼前だというのに塔の周囲だけ薄暗い。

 セオリー通りなら魔王は天辺にいるのだろう。

「このままクウちゃんで最上階あたりに近づけないかな」

「でも、窓のようなものは見当たりませんよ」

「石壁でしょ? 壊せる」

 僕は剣や槍といった武具よりも、拳で戦うスタイルの方が向いていることが判明した。

 故に今は、革手袋の上に金属製の籠手を着けている。

「普通の石壁ではないかもしれません」

「壊せなかったら普通に入り口から入るよ。試させて」

「わかりました。クウちゃん、お願いします」

「キュルルル」

 ベルがクウちゃんに指示を出すと、クウちゃんは塔の天辺、屋上に舞い降りてくれた。

 横から壁を壊すよりも現実的だ。


<探知:大成功 魔王の気配が近くにある>


「魔王はこの下だ。ベルはここにいて」

「お気をつけて」

 ベルをクウちゃんの上に残して、僕だけ飛び降りると、クウちゃんはすぐに少し浮いた。


 右肩をぐるぐる回して軽く準備運動をした後、僕は塔の屋上の床、つまり最上階の天井に、大きな穴を開けることに成功した。

 勢い余って天井どころか、最上階の壁の殆どが崩れてしまったが、問題ないだろう。


「上から降ってくるのは初めてだぞ、人間よ」


 瓦礫だらけになった室内に降り立つと、長身痩躯に黒い長髪と文字通りに黒い肌、頭に二本の大きな角の生えた、いかにも魔王という姿のやつが、部屋の隅の無事な壁にべたりと背中を貼り付けて、こちらを睨んでいた。


 その姿勢で凄まれたところで、微塵も怖くないんだけど。

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