19 魔王討伐

 上空には背にベルを乗せたクウちゃんが待機している。

 上を見上げ片手を上げて「そこにいて」という意味で手のひらを向けたが……上手く伝わった様子だ。


「余を倒しに来たか」

「うん」

「やれるものなら、やってみよ」


 魔王との会話は短かった。

 僕から話すことや聞きたいことは何もないし、応じてくれるとも思えない。

 向こうも似たようなものなのだろう。


 そして決着も一瞬だった。


<先制:大成功 相手が動く前に動ける>

<命中:大成功 クリティカルヒット>

<攻撃:大成功 与ダメージ99999>


「ぐばあっ!」

 筋力が上がったので、軽く踏み込むだけで床に罅が入り、スピードが出る。

 その勢いで魔王に迫り、魔王のこめかみ辺りを右拳で思い切り振り抜いたら、魔王の頭が嫌な音を立て、魔王は悲鳴をあげて塔の上から落ちていった。

「あ、しまった……」

 僕も降りないと、魔王の角が取れない。

「デガさんっ」

 クウちゃんが降りてきてくれたので、僕はクウちゃんの足を掴んで運んでもらい、無事地上へ降りた。


「ぐ、ぐがあああ……おのれ……」

 魔王はまだ生きていた。流石に硬い。

「悪いな、貰うぞ」

 生きてはいるが動けない魔王の横に立ち、二本の角を折り取った。

「ぎゃあっ……」

 今度の悲鳴には力がなかった。折った角から、魔力を探知できない僕でも感じ取れるほどの強烈な何かの力を感じるので、これが力の源か何かだったのかな。

 相手が魔王と言えど、僕に命を長く苦しめる趣味はない。


<命中:大成功 クリティカルヒット>

<攻撃:大成功 与ダメージ99999>


 僕はもう一度拳を振り上げ、魔王の顔面を叩き潰した。


 魔王は一度大きく痙攣すると動かなくなり、しばらくしたら他の魔物と同じように、フッと消えた。


「お疲れ様でした。……わたくしが手を出す暇もありませんでしたね」

 ベルが僕の手を取り、治癒魔法を掛けてくれる。

 無傷なのだが、もう癖のようなものなのだろう。何より治癒魔法って気持ちいいから、僕も掛けられるままにしている。

「天辺からすぐに降ろしてくれて助かったよ。飛び降りようかと思ってたし」

「そんな危ないことしないでくださいっ」

 改めて塔を見上げると、かなり高い。高層ビル……何階分くらいだろう。十階以上はあると思う。

 今の僕なら飛び降りても無傷だった自信はあるが、クウちゃんがいてくれるのに怪我のリスクを背負うことはない。

「しないよ。ありがとう、ベル。さ、帰ろうか」

「はい」

 ベルはふわりと笑顔になった。




 冒険者ギルドへ行くと、すぐに最奥の部屋へ通され、間を置かずにギルド長と副ギルド長がやってきた。

「今日行くとは聞いていたが、もう魔王を……そうか……いや、素晴らしいな。何か問題は起きなかったか?」

「ご覧の通り無事です」

 昨日打ち合わせをしたのは他でもないギルド長だ。

 僕は有言実行しただけなのに、ギルド長は何故かものすごく驚いている様子だった。

「これが魔王の角です。こうして見ると、ブルオーガの角に似てますね」

 ブルオーガは大きな牛の魔物だ。危険度Bで、何度か討伐したことがある。

 角だけで何の魔物かを当てる角ソムリエ的な人って存在するかな。

「いや、ブルオーガの角に、このような模様は無い。他の魔物にも見ない特徴だ。間違いなく、魔王の角だと言える」

 副ギルド長に言われて角をよくよく見ると、魔王の角の表面にはうっすらと、文字のような模様があった。言われて見ないと、全然気付かない。

「これを、どうしましょう。僕が持っていかないと駄目ですか?」

 昨日の打ち合わせでは、僕が魔王を倒せても倒せなくても、塔へ行って戻ってきたら一度冒険者ギルドへ、というところまでしか話していない。

「そうだな。ドルズブラはデガを指名していた。デガ本人が持っていったほうがいいだろう」

 正直、ドルズブラへ再び行くのは気が重い。

 あいつらのせいで僕以外の四人は死んでしまったし、今もまだ二人、死んだままだ。

 無理やり召喚された恨みもある。

 冷静に会話できる自信がない。

 僕が考え込んで黙ってしまったせいか、ギルド長が優しく声を掛けてくれた。

「俺が同行しよう。あちらでのやり取りや交渉は、俺に任せておけ」

「それは……では、お願いします」

 あいつらと話をしなくてもいいなら、まだ心が軽い。

 僕はギルド長に甘えることにした。




 ベルは当然のようについてきた。

 ギルド長も織り込み済みだったのだろう。馬車は四人乗りの、そこそこ大きなものが用意されていた。

「魔王をどうやって倒したか、詳しく聞かせてもらえるか」

 馬車の中でギルド長に尋ねられて、僕はありのままに話した。

 ギルド長がなんとも言い難い表情になってしまったのでベルが補足したが、ギルド長の顔は戻らなかった。

「打拳、二発で魔王を、か。信じられん……いや、すまん。デガを疑っているわけではない。魔王の角という証拠もあるしな。だが……あの連中に今の話をして、信じるかどうか不安だ」

「かといって、嘘をつく訳にもいきませんものね」

 ベルがギルド長に同情するように相槌を打つ。

「なんか、すみません。お手数をおかけします」

「デガさんが謝ることなんてないです!」

「デガがそのように思う必要はない」

 ベルとギルド長が、ほぼ同時に言った。

「そ、そうかな」

「デガさんは魔王を討伐したのです。堂々としていてください」

「ミヒャエル嬢の言うとおりだ。デガに負い目はない」


 そんな話をしている間に、ドルズブラ城下町へ到着した。


 約二ヶ月ぶりのドルズブラ城下町だったが、馬車は巨大な門をほとんど止まらず通過し、外の様子を垣間見る暇もなかった。

 町の門から城までの距離は、城を出た時よりも短く感じた。


 馬車を降りると、目の前は城門だった。

 なんだか貧相に見える。

「こっちだ。早く着いてこい」

 僕たちを案内したのは、ぶっきらぼうな口調の兵士だ。

 ベルは笑顔のままこめかみに青筋を浮かせるという器用な表情になり、ギルド長も憮然とした顔をしている。

 この国はこういうものだと知っている僕は、特になんとも思わなかった。


 早足の兵士についていくと、仰々しい扉の前に放置された。

 兵士に「ここで待ってろ」と言われて、兵士はどこかへ行ってしまった。

 周囲には誰もいない。

 文字通り、放置だ。


 三十分ほど経っただろうか。

「デガさん、わたくし、レベルが上がったことで聖なる審判ホーリージャッジメントという攻撃魔法を覚えたのですよ」

「うん?」

 ベルが突然攻撃魔法の話を始めた。

 ああ、これはだいぶ怒ってらっしゃる。

「詠唱にまだ時間がかかってしまうのですが、わたくしの周囲百メートル以内にいる、わたくしが敵と見做した相手に、聖なる攻擊を与えるというものです。今ここでご覧になりませんか?」

「ベル、駄目だよ」

「聖女の最高位攻撃魔法ではないか。ぜひ一度目にしたいものだ」

「ギルド長!? 何言ってるんですか!?」

 ずっと口を噤んでいたギルド長もひっそりと怒ってた。

「落ち着いてよふたりとも! ここで事を起こしたら、いろいろ拙いでしょう!?」

「これだけぞんざいに扱われるのでしたら、聞きたいこと、頂きたいものは力ずくで……」

「駄目だってば!」

 僕たちが言い合っていると、仰々しい扉がギギギとわずかに開いた。

「なんじゃ騒々しい。どうした」

 僕が何か言う前に、ベルが開いた扉の隙間に手を突っ込み、声の主を引きずり出した。わあベルさん力強い。


 出てきたのは……召喚された日に僕やカイトとジョーをゴツい錫杖で殴った、あの人だ。


「どうした、じゃありませんよ。わたくし達の来訪をご存じなかったのですか? そんな事ありませんよねぇ。むしろ、そちらのお願いをきっちり聞いて差し上げたのにこの仕打ち。ただでは済ませませんよ」

 ギルド長も両手をバキボキと鳴らしながら、錫杖の人を上から見下ろす。

 錫杖の人はそんな二人の迫力に腰を抜かしたのか、震える声で尋ね返してきた。

「んななな、なんの話じゃ!?」

 この人本気で僕たちが来ること、聞いてないの?

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