第二章:女王の瞳(7)

かわいそうなシスレは、みずからを断罪したものと思われながら、へんぴな山奥の墓所にひっそりと葬られました。墓碑銘すら刻まれずに。



それから、ひとつきほど過ぎた、ある朝のことです。


女王様は、鏡台の机の上に真っ黒い大きな羽根がひとつあるのを見つけて、美しい顔をしかめました。


「まあ、不吉な。風で飛んできたのかしら?」

と、開けっ放しの窓を一瞥いちべつしてから、汚そうに指先で羽根をつまみあげると、暖炉の中に放り込みました。


燃えさかる火に巻かれて、黒い羽根は、たちまち燃え尽きましたが、真っ赤な火のが暖炉の外に舞い散りました。

そして、暖炉をのぞきこんでいた女王様の両目に飛び込んでしまったのです。


「ああっ!」

女王様は、両手で顔をおおって、悲鳴をあげました。


メイドたちは、急いで、大きなおけに冷たい水を入れて持ってきました。

女王様は、みずから桶の中に顔面をひたして、両目を洗いました。


しばらくして頭を起こすと、熱さもひいて、目の痛みもなくなっていました。


女王様は、ホッとしながら、手巾ハンカチで目元をぬぐうと、ニッコリ微笑んで、あたりを見まわしました。


とたんに、まわりで見守っていたメイドたちが、いっせいに、

「きゃあっ!」

と、悲鳴をあげました。


女王様は、あわてて鏡台の前にいき、鏡をのぞき込むや、ガクゼンと身をこわばらせました。


鏡に映った女王様の両目は、真っ赤な血の色に染まっていたのです。

美しかった緑色の瞳ばかりか、白目の部分もです。

目の玉すべてが、真っ赤に塗りつくされていました。


さしもの誇り高い女王様も、フラフラと足元をよろめかせ、そのままバッタリと倒れてしまいました。


侍従長が、あわてふためき、お城の主治医を呼びつけました。


すぐに駆け付けたブライは、寝台に横たえられた女王様の両目をまじまじと診察すると、

「ふぅむ。これは、すぐに手術をしたほうがよさそうです」

と、神妙なオモモチで言いました。


女王様は、真っ赤な目を見開いて、

「手術をすれば治るの? ワタクシの目は、もとどおりになるの?」


「いいえ、女王陛下。もとどおりには、なりませぬ」


「…………!?」


「おそれながら、女王陛下。陛下の美しい両目は、私の手術によって、いっそう美しくなるでしょう」


「それは誠か、ブライ。私の目が前よりも、さらに美しくなるならば、なんなりと褒美ほうびを取らせよう」


「ありがたき幸せ」


「ただし、ワタクシの目が治らなければ、オマエの目をつぶしたあとに、煮えたぎる油を流し込んでやる」


御意ぎょいに」

ブライは、少しもひるまず、自信たっぷりに微笑みました。


それから、その場にいた侍従長やメイドたちをすべて人ばらいさせると、ブライは、まず、女王様に眠り薬を与えました。手術の痛みを感じないですむように。


女王様がスヤスヤ寝入ねいってしまうと、医療道具の入った愛用のカバンをひらいて、中から小さなツボを取り出しました。


あらかじめ用意しておいたお皿の上にツボの口をかたむけ、中身をあければ、「コロン、コロン」と軽やかな音が響きました。


ツボの中から転がり出てきたのは、シスレののこした、美しい2つの眼球だったのです。

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