第二章:女王の瞳(6)

「ああ、我が最愛の妹、シスレよ」


ブライは、酔っぱらいのようにおぼつかない足取りで、フラフラと地下牢に向かいました。

そして、鉄格子にすがりつき、子供のように泣きじゃくりながら、イジワルな悪魔の仕打ちをあらいざらいシスレに伝えました。

「許してくれ、シスレ。まんまと悪魔にだまされてしまった。オマエの命を救いたかったのに!」


「いいえ、いいえ。いいんです、お兄さま」

シスレは、気丈に答えましたが、健康な小麦色の肌は血の気を失って真っ青に染まり、ふっくらとした愛くるしいクチビルは、ワナワナとふるえていました。


悪魔のこざかしいペテンよりも、シスレには、彼が教えてくれたという残酷な真実のほうが、ショックでなりませんでした。


世界中の誰よりも美しく気高くお優しい貴婦人レディー……、そう信じて、女王様に心酔しきっていたのですから。


それほど敬愛する女王様が、くだらない嫉妬心にかられて、いやしい悪だくみをはかっただなんて。

女王様を誰よりも信奉する忠実なメイドを、王家にはむかう浅ましい重罪人に仕立て上げ、処刑してしまおうだなんて。


シスレは、混乱しすぎて、少しばかり心の歯車がかみ合わなくなってしまったのでしょう。


「いいのよ、お兄さま。だって、この国のあらゆるすべては、ぜーんぶ女王様の持ち物なんですから」

と、兄が手にしていた悪魔の羽根をサッと奪い取り、


「あたしの、この目も、女王様の持ち物。ご所望しょもうとあれば、献上けんじょうしなければ……」


唄うように言うと、黒い羽根の柄を両手でシッカリにぎりしめ、その付け根を自分の顔に向けました。


悪魔の羽根の付け根は、するどい刃物のようにとがっていました。

シスレは、それを、いきなり自分の目のフチに突き立てたのです。


「シスレ……!?」

ブライは、妹の異常な行動を必死に止めようとしましたが、鉄格子が邪魔をして手が届きません。

「やめるんだ、シスレ! やめてくれ!」


けれども、シスレは、やめません。

かみ合わなくなった歯車が、異様な不協和音をたてながら次々に壊れていくように。

シスレの心は、もう取り返しがつかないほど傷ついてしまったのです。


鋭利な切っ先を深く差し込んで、目の周囲をグルリとなぞれば、コロリと眼球が飛び出てきました。

ピスタチオを殻から取り出すより、もっと易々やすやすとした調子で。


はじめに右の目、次には左目。


そうやって取り出した2つの眼球を手のひらにのせると、鉄格子の間から突き出して、シスレは言いました。

「お兄さま。どうぞ、これを女王様にさしあげて……」


ブライは、恐怖と悲しみで、全身を粟立あわだたせました。

頭の中ではイヤだと叫んでいても、ひとりでに両手は伸びて、妹の両眼を受け取っていました。



2つの眼球は、まんまるで、まだ生あたたかく、不思議とガラス玉のように硬くツルツルした感触でした。

そして、シスレの愛くるしい顔に飾られていたときと変わらず、汚れのない真っ白な目玉に明るく美しい緑色の瞳がキラキラと輝き続けていました。


ブライは、とりつかれたように、その眼球に魅入りました。

すると、片方の眼球の、エメラルドの虹彩の中心に、真っ赤な血のシズクが一瞬だけプクリと浮かんでから、吸い込まれるように再び眼球の中に沈みました。



門番がシビレをきらして牢獄の扉を開けると、足元にうずくまって震えているブライの姿が真っ先に目に入りました。

すぐにおりの中に視線を移すと、ロウソクの炎の中でユラユラと揺れながらたたずんでいるシスレを見ました。


そのとたん、真っ黒な2つの洞窟どうくつと化したシスレの眼窩がんかからは、滝のように鮮血が流れ出しました。

しばらくすると血は止まり、頭上の糸を急に切られたアヤツリ人形そのもののように、シスレは、その場に真っすぐ崩れ落ちて、息が絶えてしまいました。

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