第3話 燃え逝くもの

 少し落ち着いた後、俺とラビは二人で状況を確認した。

 どうやら周囲に他の住民はいないようだ。早朝だったことと、居住区から離れていたことが幸いだった。そして、もちろん元凶も調査する。


 生存者がいれば救出を最優先にするつもりではあった……が、何か金になるものがあるかもしれないという考えが、頭をよぎった。

 俺の心の片隅で、宇宙船の事故という珍しい出来事への好奇心と、金品に対する欲望が渦巻いていた。


 だが、それはすぐに……後悔へと変わった。


「これは宇宙船なのか……」


 事故現場は言葉に尽くせないほどに凄惨だった。


 宇宙船の写真は何度か見たことがあったが、実物を目の当たりにするのは初めてだ。しかし、それは羽をもがれ、胴体は割れた、焼け焦げた鳥の姿だった。周囲は火の海に包まれ、近づく事は焼却炉に飛び込む事と同義である。俺の心に言いようのない絶望感が漂った。


 焼き焦げた宇宙船の機体からは、乗客と思われる人間の残骸が飛び出していた。

 何が、どうして、こうなったのだろうか。

 普段飄々として笑っているラビも青ざめた顔が張り付いたままだった。

 俺たち二人の額から汗が滴る。それはこの事故現場に漂う異様な熱気から来るものではなく、人間の根源的な感情から生まれる冷や汗であることを俺たちは理解していた。


 生存者は……まずいないことは見て取れた。


「旅客船だね」


 しばしの沈黙の後、ラビが口を開いた。船の形状へ目を向けていた。


「形状と機体の長さを察するにベストセラーのNET型旅客船だと思う。この宙域に旅客船が来るなんて聞いたこともないけど」


 死体から目を背けてラビは言った。


「……ついにこの星が観光ブックに載ったか?」


 俺はくだらない冗談で返した。冗談でも言わないとやってられなかった。


「この惑星が載るのは全宇宙の観光地をコンプした後だろうね」


 ラビも同じだった。


◇ ◇ ◇


 俺とラビは一通り、事故現場を見ると一旦腰を下ろした。


 話をまとめると、この宇宙船は何故かこの星に不時着したということだ。宇宙船の着陸に何が必要かは知らないが、この星には滑走路どころか足の踏み場もない。そもそも不時着するにしても、惑星を覆う天蓋の外に宇宙船専用のハッチがあるはずだ。詳しくは知らないが、そこから宇宙船が出入りするはずだった。


 俺はそこまで考え、ふとある問題が気になった。


「天蓋に開いた穴はどうなっているんだ」


 この人工惑星は人間の発祥地、太陽系第3惑星を模した環境になるよう『天蓋』と呼ばれる巨大な膜で覆われている。天蓋は空気が漏れないよう大気に蓋をする役割を持っており、二重構造の安全設計になっていた。通常の場合ならどちらかに穴が開いても空気が漏れることはなく、異常が出た側だけを修理すればいい。しかし、今回は宇宙船が天蓋を突き破っているため、宇宙と筒抜け状態である。


「確か表面重力が弱くて、この星だと空気が宇宙空間に漏れる可能性があると聞いたことがある」


 子供の頃、母親に聞いた話だ。


「よく知っているね。実際、少し空気が漏れただろうけど大丈夫だと思うよ。天蓋にはこういった宇宙船の非常時に備えて、不時着できるよう強度が薄い箇所が存在しているんだ。ぶつかったり穴が開いた場合でもすぐに閉じられるような構造でね、遠目からだと判別しづらいけど……確かに閉じてそうだよ」


 俺の視力ではよく見えなかったが、ラビが気にしていない様子なので特に問題はなさそうである。


「そもそも、旅客船が二重の天蓋を突き抜ける事は強度の関係から、ありえないしね。不時着してきたことからも非常時用の隔壁を突き破ってきたと考えるのが自然かな」


 ラビがダメ押しで説明してくる。案外、説明することで自分を落ち着かせているのだろうか。


「これからどうする?」


 現状、宇宙船の火災は燃え続けている。辺りに可燃物が少ない所為か燃え広がる様子はないが放っておいて良いのかもわからない。そもそも火災を止めるための消火設備がこの星にあるのか、怪しいところだ。


「僕はとにかく管制塔と連絡を取るよ。現状の把握と……警察にも来て調査してもらわないと」


「火災はそのままか?」


「小型の消火用ドローンがあったはず。全機投入すれば何とか消せそうかな」


「そうか。俺も多少の事なら手伝えるぞ」


「じゃあ野次馬を近づかせないようにお願い。危ないから」


「忠告はしとくが、勝手に赤馬になるような奴は知らん」


「アハハ……此処には宇宙船内の貴重品を取ろうと寄ってくる夏の虫みたいな人が多いからね。頼むよ」


 屑拾いにとってはこの状況は絶好のチャンスだ……と考える奴も多いだろう。旅客船ともなれば普段手に入らない高額レートのパーツを得られるだろうし、純粋に乗客の荷物から金品を盗もうとする輩も出るはずだ。例え火の海だろうと馬鹿なら突っ込む。


 馬鹿が何人、勝手に死んでいこうが知ったことではないが、目覚めが悪いことには変わりない。

 俺は野次馬が来るだろう居住区方面にラビが持っていた『KEEP OUT』のテープを張りめぐらすことにした。

 一時間くらいだろうか。一人で出来るのはこれが精いっぱいだ、とテープ張りを適当なところで中断し、切り上げる。


 宇宙船はまだ燃えていた。消火用ドローンは来ていないようだ。

 俺はじっとその炎を見つめる。煙が天蓋まで立ち上っていた。

 あの中にいた人間はみんな死んで、今まさに焼かれているのだろう。

 宇宙船が落ちたあの瞬間、俺は死を覚悟した。

 死にたくない、と本気で思った。

 だが……今、あの炎を見て思い出す。


 ――あの炎に乗ってゆけば、この星から出られるのではないだろうか。

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