第2話 堕ちる鉄鳥

「……胸騒ぎがする。このままでは危険だ。ここを離れよう」


 ラビが俺の方を見据えた。いつもの飄々とした顔には似合わない皺が眉間に寄っていた。

 早く離れた方がいい、俺の直観は囁いた。

 ラビの勘は本当に良く当たる。実際ラビと初めて出会った日から奴の勘が外れるところは見たことがない。


「燃料か?」


 俺は気化性の高い燃料が爆発する可能性を疑った。急に離れろと言われても何が原因で、何が起きるか分からない。足の疲労によりすぐには動けなかった。


「いいから早く!!」


 ラビの叫びは悲鳴に近かったと思う。

 俺の思考は全て吹き飛ばされた。目の前には全力でラビが疾走する姿が映った。俺も全速力で後を追った。先ほどようやく辿り着いた瓦礫の山が、遠ざかっていく。くたびれた足などお構い無しだった。


 このガラクタの惑星で、走るという行為は危険だ。金属片や瓦礫が邪魔をしてスムーズに進むことは困難である。ここに来るまでの疲労もあり、俺は精々200メートル程度離れたところで力尽きた。ラビは俺の様子を見て立ち止まる。疲れ切って声が出なかったため、これでもし冗談だったらただじゃ済まさんぞ、と目で語った。


「伏せて!」


 そんな俺の難癖を気にも留めず、ラビは叫んだ。燃料が爆発するのだと思った。

 俺は燃料が捨ててあった瓦礫の山の方を見た。特に見かけ上の変化はない。

 だが、全く別の方向からラビの『予感』はやってきた。


「なっ……!?」


 轟音が鳴り響いた。聞いたこともないような音だ。爆発音ではない。金属同士がぶつかって鳴り響く音でもない。車のエンジンを何百倍にも増幅させたような地響き。

 

 ――それが空から聞こえたのだ!


 俺は空の天蓋を突き破り、覗かせるモノの正体をすぐには理解できなかった。

 白と黒を基調とした金属の鳥。それが轟音を立てながら落ちてくる。

 此方に落ちてくるのだ。明確に死を覚悟した。


「伏せるんだっ!!」


 ラビが叫びながら、俺にのしかかった。俺はあまりの出来事に放心したらしい。思考が麻痺し、何も分からない。

 死の鳥は間違いなくこちらに向かって落ちてきて……そして、金属と金属が擦れる不快な音が鼓膜を揺さぶった。俺はうずくまったまま耳を塞いだ、目も反射的に閉じた。何も分からない。



 ――そして数秒後、爆発が起きた。


 強烈な衝撃が背中を襲った。金属片が凄まじい勢いで荒狂っている。焼け付くような痛みが全身に広がった。

 爆発が収まった後、十秒ほど俺は蹲ったままでいた。呼吸と立ち上がり方を思い出すのに時間が掛った。


「無事かい?」


 ラビの声が聞こえた。

 生きていることが分かった。二人とも。


「ここが天国でなければ」


「すぐ冗談が言えるなんて意外と余裕だね」


 冗談みたいな現実を逃避するための言葉だった。今の俺の顔には動揺の二文字が浮かんでいることだろう。


「ラビは? ……ちゃんと致命傷は負ったか?」


「残念ながら掠り傷だけだよ」


「そうか……それは、運が良かったな」


俺は安堵の息を吐いた。

元々いた瓦礫の山の付近は金属の鳥がバラまいたらしい巨大な鉄屑フンが大量に落ちていた。あそこにいれば即死だっただろう。


「ラビ」


「ん? どこか身体が痛むのかい?」


「……ありがとう、助かった」


「カプティがお礼を言うなんて……明日は鉄が降るんじゃ……いや、たった今降ったところだったね」


「バカ野郎」


 俺たちは生きていることを噛み締めた。

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