星屑のアンドロメダ

和錆真黒

1章 黄金を拾う者

第1話 ガラクタの星

 夜空煌めく、あの星々へ人々が旅立つようになったのは、果たして何時だっただろうか。


 例え、母なる大地が遥か彼方へ離れてしまったとしても、俺たちはここにいる。人間は、時を超えて変わることのないものを持っている。いつの時代も、あの星々を見上げ、手を伸ばすのだ。

 まるで輝く宝物のように……。


◇ ◇ ◇


 夜の時間が終わりを告げ、朝の時間へと切り替わる。

 屋外に散らばっている金属片の反射光が、部屋の隙間から俺の瞼を照らしつけた。


「……ん、」


 良い夢を見ていたような気がしたが、思い出せない。


「……まだ、5時半か」


 時計を見ると、まだ夜が明けたばかりだった。この時期は日昇時間が早く設定されているので困る。

 起床するにはまだ早い時間だが、一度目が覚めてしまうと、中々寝付けないというのが俺の性格だった。

 渋々ベッドから起き上がり、洗面台で顔を洗うことにした。


 年月が経つにつれ、洗面所は傾きを増し、俺は歪んだ蛇口を無理やり捻る。我が家の老朽化は着実に進んでいた。いつかは崩れ、ここに住めなくなるだろう。そんな危機感を感じつつも、水道だけは勢いよく水が出ており、安堵と感謝を覚える。しかし、家の傾きのせいで水筋が斜めに傾いてきていた。どこかに家を支える杖は落ちていないものか。


 斜めに傾いた蛇口から流れ落ちる水を掬い上げ、顔を洗った。石鹸は贅沢品だ。手と顔に少しずつ使う。割れた鏡越しに映るのは、煤けた男――カプティ・レーヴォの冴えない顔だった。


「いい夢でも見てたか?」


 煤けた男へ何げなしに挨拶する。

 当たり前だが返って来ない挨拶に何を寝ぼけている、と自分の顔を叩いて目を覚ました。孤独感と寂しさが襲ったとしても、俺はその気持ちを無視することに決めていたのだ。



 俺には一つ朝の習慣がある。家の廊下にある大時計の前に立ち、両手を合わせ、追悼することだ。今はもう動いていない、母親が大切にしていた時計。不思議なこともあるようで、母親が亡くなったのと同時に、時計の針もぴたりと止まってしまった。それ以来、俺はこれも何かの縁と思い、この時計を母親の墓標として扱うことに決めた。

 さも当然の如く、この星では死んだ者に対して墓は用意されない。お金も土地もないから、故人が生きた証を残したいものは皆、代わりのものをあつらえるのが風習だった。


 いつものように、大時計の周りにたまった埃を払ってやった。


「行ってくるよ、母さん」


 数分後、俺は身支度を整えて玄関から身体を乗り出す。

 少し早いが、俺は仕事を開始することにした。厚手の手袋、長めのトング、バール、トンカチ、巨大なニッパー、そして鋼鉄の籠を背負って出発する。


 俺がする仕事は、この惑星の人間の8割が就く仕事――『屑拾いたからさがし』。平たく言えば、粗大ゴミのリサイクルである。


 いつの時代にも面倒臭がりな人間はいるようで、処理の面倒な粗大ゴミを宇宙に捨て、スペースデブリ問題を引き起こした輩がいた。対処しなければならないが、当時は膨大な宇宙に広がるゴミを安置しておく場所がなかったのである。そこで銀河星間連邦はリサイクル専用惑星という有体に言えば廃棄場を設計し、ここに捨てよと命じたのである。


 その廃棄場こそ、現在俺達が生活している――第35人工惑星『El-Doradoエル-ドラド』である。


 El-Doradoエル-ドラドとは、つまり黄金郷である。ゴミ山の星につける名前ではない。何という皮肉だ。連邦のお偉いさんにはこの金属の骸で出来た山と海を見ても同じネーミングを付けられるだろうか。是非、星間旅行に来てもらいたい。


 お偉いさんへの不満はいくらでも募らせられるが、それでは腹は膨れないため、仕事を始めなくはならない。屑拾いの仕事は、瓦礫の中から使えそうなものを探し出して、換金所で売ること。また、危険物を発見した場合は、危険物処理センターに連絡する――この二つが主な仕事だ。


 自慢じゃないがこの仕事、宇宙一安い賃金レートらしい。出来高制であるため、どのような換算レートを使用しているか知らないが、とにかく安いため、生きるだけでもそれなりの工夫が必要だ。


 この惑星に運ばれたゴミは大型ドローンによって上空から捨てられるが、廃棄位置と時間は決まっていない。一応、投棄場所に人がいるかどうかを判断するセンサーは付いており、人の真上からゴミが降り注ぐような事態は避けられるようになっている。つまり居住区にゴミが降り注ぐということはあり得ないようになっている。


 仕事のコツがあるとすれば、この不定期に廃棄するドローンの位置情報を掴むことだ。俺は長年ここに住んでいて、ドローンの廃棄パターンを良く知っていた。ある程度廃棄地点を絞ったところ、昨晩、大型の廃棄ドローンが南西2キロ離れた地点で大量の廃棄物を落としていくところを目撃した。今日のダウジングは良い得物が取れそうだと期待しながら、目撃した地点から始めることにした。


 これだけ朝が早ければ、他の屑拾いたちは集まってはいないはず。もし上手くいけば貴重品を独り占めして換金所で高く売ることができるかもしれない。もしかすると、我が魂のよりどころとなるオアシスを手に入れることができるかもしれない。このゴミの惑星において、酒は唯一の救いだ。嫌な事を忘れさせてくれる。


 酒。酒。酒。レッツゴー、ブージングである。


 酒への執着を力に変えることで、足取りは俄然軽くなった。無差別投棄など行っているので当然道はなく、投棄されたゴミたちは容赦なく足に絡みついてくるが、王様の通りだと言わんばかりに蹴散らす。


 そうして約1.5キロ歩いた頃、嫌なものが目に入った。赤いカラーコーンが光っていた。大きなゴミ山が直前まで視界を塞いでいたため、その存在に気付かなかったのだ。

 さらに、そのカラーコーンの近くに黄色いテープを張っているヤツがいた。当然、テープには大きく『KEEP OUT』と書かれていた。立ち入り禁止だ。俺のオアシスは枯れ果てた。


「やあ、カプティ!おはよう!今日は随分と早起きなんだね!」


 俺の心など露も知らずに元気な挨拶をしてくる男がいた。換金所兼危険物取扱センターの従業員、ラビ・デズィーロである。


「ああ、だがもうひと眠りしておけば良かったと、後悔している」


 ラビは20代半ばの青年だ。5年程前に突然この星にやってきて、換金所の手伝いを始めた。さらに最近では仕事ぶりを認められて危険物取扱センターの従業員として働いている。この星に住んでいる人間の中ではまともな方だが、それだけに俺は胡散臭い男だと思っていた。まともな人間が来る場所ではないというのが理由だ。


「そんなこと言わないでくれよ、僕は退屈でしょうがなかったんだからさ。僕とお喋りするため、はるばる遠くから歩いて来てくれたんでしょ?」


「俺がお前と話すためだけにわざわざ2キロも歩く馬鹿に見えるなら、眼球をそこに落ちてる電球に取り換えてもらえ」


「アハハ! 壊れてない電球だったら、100ジットで買い取るよ」


 俺は急に疲れが出てきた。酒という原動力を失ったのだ。近くに錆びれた金属棚があったので、そこに腰を下ろした。ついでに持ち物も全部放り投げる。


「……それで? 何で立入禁止なんだ」


「いつもの宝探しならしばらく諦めた方が無難だね。……どうも気化性の高い燃料を入れっぱなしで捨てたとんでもない奴がいたようで、今はその処理に追われてこういうことになっているんだ」


 はた迷惑な奴がいたものだ。ゴミとして処理できないものか。


「だが、大量のゴミの中から良くここに捨てられてることが分かったな。まさかお前、お得意の勘か?」


「違う違う。危険物探知用ドローンがあるから、気化性の高い危険物はすぐに見つけられるんだ。昨日も廃棄作業が終わった後、残留する微かな成分で特定したんだ」


「ふーん、あの無差別投棄ドローンが運んでたのか。一歩間違えば無差別殺人機になってたわけだ」


「そうだね。その場合、第一の被害者は君だったけど」


 笑えない冗談だ。


「ただドローンというよりは、大型だから無人航空機UAVと呼ばれることが多いよ。粗大ゴミ処理用のUAV・通称ハーヴェスタ」


「そんな名前より無差別投棄ドローンの方が分かりやすいだろ? ……まあ、そんなことよりずいぶん気楽そうだが、爆発はしないのか? 燃料なんだろ?」


 そう言って訊ねるが、ラビが落ち着いているのは爆発の心配がないからだろう。もし危険性が低いと確信できたら、俺はゴミ山に突入しようと考えていた。 


「心配はいらないよ。最近の気化性燃料は酸素濃度に合わせて引火しないようになっているからね。吸ったら有毒だけど」


「どの程度有害なのか知りたい。ちょっと嗅いできてくれ」


「アハハ! きっと天にも昇る匂いだろうね! やめておくよ」


 実際は無臭に近いらしいから、気付かず死ぬだろうね、とラビは説明を加えた。

 流石にここでガスマスクなんてものはないので、残念だが作業は諦めるしかない。完全な徒労で終わってしまった。足が重くなってきた。少し休むことにしよう。


 俺が脚を軽く伸ばしていると、軽薄そうな印象を受けるラビが、神妙な顔で俺を見つめていることに気が付いた。


「どうした、ついに俺を殺る気か?」


 冗談めかして聞いたが、ラビの表情は深刻だった。


「……胸騒ぎがする。このままでは危険だ。ここを離れよう」


 ラビが唐突に言った。緊迫感が全身を包み込んだ。

 俺は、ラビの勘は良く当たることを知っていた。

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