ラのロクジュウイチ「お屋敷開戦」
フードを被り、武装をして八百万九十九組のお屋敷を襲撃しに来たその者──。
黄昏の顔を見て、一瞬動揺を見せたフードを被ったその者であったが、すぐに戦闘態勢に入る。
袖口から分銅付き鎖を飛ばして来たので、桜花はそれを後ろに跳ぶことで躱した。
床に着地するより先にその者は、腕を桜花へと向けた。
袖口から複数本の鎖が飛び出して、真っ直ぐに桜花へ向かって伸びたものである。
しかし、桜花は壁を蹴ってそれらを回避すると、床板の上に足を付いた。
その間に、劉生は負傷している強面の男の介抱へと回る。
「うっ、うぅ……」
「大丈夫ですか?」
強面の男は息も絶え絶えフードを被ったその者を指差した。
「や、奴だ。奴にやられたんだ……」
最後の力を振り絞り、震える声でそう口にすると強面の男はガックリと項垂れて意識を失った。
「それは……まぁ、そうだろうでしょうね……」
強面の男には悪いが──状況的にフードを被ったその者の犯行以外考えられない。
劉生は取り敢えず戦闘の邪魔になりそうな強面の男たちの体を引き摺り、廊下に面した部屋の中へと移動させてやった。
「なかなかやるようね」
言いつつ、桜花は手に持った木刀を向けて構えの体勢をとる。
──フードを被ったその者も、鎖を手繰り寄せるとそれに合わせて動きを止める。
桜花とその者が、廊下の真ん中で睨み合い状態になっていた。
「黄泉……」
その間に響く、黄昏の声──。
「……えっ?」
ハッとなったのは劉生であった。黄昏の呟きが耳に入り、劉生は改めてフードを被ったその者をまじまじと見詰めた。
フードの下からチラリと覗くその顔は──劉生も以前会ったことがある。少弐黄泉──黄昏の妹のものであった。
「黄泉がどうして……?」
困惑する劉生を尻目に、黄昏は嬉しそうに声を上げた。
「黄泉! 良かった!」
再び行方が分からなくなっていたが、こうして無事が確認できただけで黄昏としては良かったのだろう。
状況が状況なだけに喜んで良いものか、劉生は困ってしまったものである。
黄昏は何度も黄泉に呼び掛けた。
ところが──黄泉からは何の反応もない。
まるで黄昏の姿が視界に入っていない様だ。明らかな動揺を見せていた黄泉だが今はその声すらも耳には届いておらず、虚ろな目で目の前の敵を感情なく見詰めていた。
黄泉の襟や裾からジャラジャラと鎖が出て来て床に垂れた。
「黄昏さん、警戒した方が良いですよ」
嬉しそうな黄昏とは対照的に、劉生は体を強張らせながら忠告をしてやった。黄泉は殺意を隠すことなく剥き出しにしている。浮かれている黄昏は、そのことにはまったく気が付いていない様だ。
駆け出して黄泉に近付きかねない黄昏を、劉生は必死に制したものである。
──ジャラジャラッ!
不意に鎖の音がした。
劉生は咄嗟に黄昏の腕を掴んで、こちらに引き寄せた。
──ブゥゥンッ!
背後を鎖鎌が振り子の要領で通過する。刃は空を切り、劉生は肝を冷やしたのであった。
──ジャラッ……!
尚も、物音は止まなかった。
ふと劉生は天井を見上げた。
気付かぬ間に、天井には鎖が張り巡らされてあった。
黄泉がやけに動かないと思ったが──実は水面下で戦闘の準備を進めていたのである。
「黄泉!」
劉生の意識が天井に向いたことで横を擦り抜け、黄昏が駆け出した。
「駄目です!」
反射的に劉生は手を伸ばし、黄昏の腕を掴んだ。
「ちょっと! 離して!」
完全に理性を失っている黄昏は、何とかして劉生の手を振り解こうとした。
天井の鎖がジャラリと音を立てる。
あと一歩でも前に足を踏み出していなら、黄昏に頭上から分銅の雨霰が降り注いでいたことであろう──。
無機質な鎖は、黄昏の動きに反応している様であった。
「落ち着いて下さい!」
劉生は叫んだ。ついつい語気も強くなってしまう。
その剣幕に──黄昏の動きも止まる。
「黄昏さんの気持ちは分かりますよ。でも、今妹さんに何を言っても無駄です。無鉄砲に飛び込んでどうするんですか!」
劉生の言葉に反論しようと、黄昏はキッと睨みを利かせた。
「妹さんを助けたいんでしょう? だったら、貴方が自分を見失ってどうするんです!」
尚も劉生は叫ぶ──。
その言葉に、黄昏の表情が変わる。
「そうだね……。助けるんだ、私が……」
フーッと大きく息を吐くと、黄昏は黄泉を見詰めた。
「……そう、ね……」
染み染みと黄昏は呟くと──パチンッと自身の頬を叩いた。
「えっ、黄昏さん……?」
思いがけない黄昏の行動に、劉生は目を白黒させた。
「黄泉を取り戻すために私もしっかりしないと。……その通りだ……」
黄昏は噛み締める様に言うと、黄泉と対峙する桜花の顔を見遣った。
「桜花ちゃん……」
「あっ、はい」
不意に呼び掛けられ、桜花は視線を黄昏へと向けた。
「……妹を取り返すために協力して貰えないかな」
「ええ、勿論ですよ」
当然とばかりに桜花が頷くと、黄昏の表情は柔らかくなった。
次いで、黄昏の視線は妹である黄泉へと向けられた。
少しばかり声に出すのが憚られた様で沈黙したが、黄昏は覚悟を決めると口を開いた。
「一応、聞いとくけど、私のことが分かる?」
黄昏の問いに、黄泉はせせら笑う。
「私たちの敵よね」
小馬鹿にした様な態度を取り、袖から伸びた鎖をジャラジャラと左右に振るって揺らした。
黄泉のその言葉は深く心に突き刺さった様で、一瞬黄昏の表情は強張った。
胸を押さえ、堪え忍び──黄昏は劉生を見遣った。
「ありがとう、劉生君。そうだよね。お陰で目が覚めたわ」
言いつつ、黄昏はゆっくりと前へと出た。
「黄泉の目も覚まさせてあげないと……。すぐに感動の再会ってわけにはいかない様だからね」
そして、拳を構えた。
「お姉ちゃんの力って奴を教えてあげるよ」
黄泉は口元を怪しく歪めていた。
「やれるものならやってみなさいよ!」
桜花と黄昏は同時に駆け出した。
「いざ! てぇえぇえええいっ!」
吠える黄昏に向かって黄泉の袖口から無数の鎖が伸びて襲い掛かる。
──戦闘が始まるのであった。
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