ラのゴジュウヨン「桜花と劉生」
「ごめんね。待たせちゃったね」
パタパタと手を振りながら劉生に駆け寄ってきたのは──姫野桜花である。
待ち合わせの時刻よりはまだ大分早いのだが、先に待っていた劉生の姿を見て申し訳なく思った様だ。ゆっくり歩いてくれば良いものを桜花はわざわざ足を早めて駆け寄ってきた。
「あ、いや……」
劉生はなんと言葉を掛けたら良いものかと口篭ってしまう。
助野からの言葉もあり、劉生は桜花にコンタクトを取った。
そうしたところ、こうして休みの日に会うことになったのだが──実際に桜花を前にして劉生は照れ臭く思ってしまったものだ。
二人で会うなんて──ある意味、デートではないか──?
そう思うと気恥ずかしくなって、劉生はまともに桜花の顔を見ることが出来ずに顔を背けてしまったものである。
「ありがとうね、劉生君」
気まずい空気が流れたかと思ったが──桜花のそんなお礼の言葉に、劉生は驚いてしまう。
「ありがとう……?」
「うん」と、桜花は大きく頷いた。
「あの時、助けに来てくれてありがとう」
桜花の絶体絶命の窮地に、劉生は身を張って彼女を救い出した。その後は、本人的にはお粗末な結果になってしまったのだが──。
面と向かってお礼を言われ、劉生は照れてしまったことだ。
「いや。僕は何も出来なかったよ。やろうとしたけど……、僕は駄目だったさ……」
「そんなことないわ」
何の迷いもなく、劉生の卑屈の言葉を跳ね除けた。
劉生は思わず顔を上げた。
真っ直ぐとこちらに視線を向ける桜花と目が合った。
──それは社交辞令でも何でもなく、桜花の本心からの思いということなのだろう。
「劉生は何のために来てくれたの? 私は結果的に、救われたわ。それの何が駄目っていうの?」
「えっと……」
桜花の口調が強まり、責められた劉生は言葉に詰まる。
「間違いなく、私はあの場でやられていたわ。でも、劉生君がそれを阻止してくれたんじゃない」
──まぁ、確かにそうだ。
元々の行動源は処刑されようとしている『桜花を助けること』。敗北感からか、いつの間にか目的が変わってしまっていた。姫野家の無念を背負って『復讐を果たせなかったこと』に負い目を感じるようになっていた。
そのことは頷けた。それに気付いたが──どうしても、自嘲的な考えは拭い切れなかった。
「阻止したのは紗那さんだよ……」
劉生は俯き、姫野家現当主の名を口にした。
──姫野紗那。
さすがは姫野家の頂点に立つ現当主だけはある。見た目の可愛らしい身なりに反して、凄まじい力の持ち主であった。
亡霊の軍勢をいともたやす壊滅させるだけの力が紗那にはあった。あの場を切り抜けることが出来たのは、ほとんどは紗那の功績だ。
それに比べて──自分はどうだろう。
劉生はすぐに、悪い方にばかり考えてしまう。
対して劉生といえば姫野家を貶めた諸悪の根源である鬼頭猛一人に対しても一矢報いることは出来なかった。
「でも、私の元に来てくれたのは劉生君じゃない」
穢れのない真っ直ぐな瞳で、桜花はそう言ってくれた。
紗那が騒ぎを起こして亡霊たちを引き付けてくれたお陰なのだが──確かに、広義で見ればそう捉えることも出来るだろう。
「何もしてないなんてことはないわ。劉生君のお陰で、私は救われたんだもん。その後のことは……また別のことじゃない? お分かりかしら?」
「あぁ……うん。そうだね……」
自暴自棄に陥って、こんなにも卑屈になってしまっている劉生に対しても、桜花は真正面から向き合ってくれた。
そんな彼女の言葉だからこそ、劉生の荒んだ心の奥底に染みたのであろう。
全てが駄目な様に感じていたが、劉生の沈んでいた気持ちは桜花のお陰で徐々に晴れていったのであった──。
「……良かったよ」
ボソリと劉生の口からそんな安堵の言葉が漏れたものである。
「桜花が無事で……本当に良かった」
──ようやくそんな優しい言葉が、劉生の口から出たものであった。
「そうよ。……だから、助けてくれてありがとうって!」
晴れやかな劉生の表情を見て、桜花は笑う。
お互いに顔を見合わせ桜花の言葉が可笑しく聞こえ、劉生は笑った。
二人は視線を合わせ、笑い合った。
そして──心の底から再会を喜び合ったのであった。
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