ラのゴジュウサン「感謝の大切さ」

 宛てがわれた部屋の中で、劉生は塞ぎ込んでいた。


──まただ。

 心が沈んでいた。


 スキンヘッドの男との一戦──。

 一方的にやられるだけで、相手を打ち負かすことが出来なかった。気を失っている間に全ては黄昏が解決してくれた。

──黄昏のお陰である。

 また自分は力になれず、助けられてしまった。


「なんでだろう……」

 劉生は膝を抱えて俯向いた。


 せめて──もっと実戦向きの能力を手にしていたなら結果は違っていたかもしれない。

 回復能力──それが戦闘に於いて、どう相手を打ち負かす為に使えるというのか。

 じっとしていると気が滅入ってしまう。

 強くなると決めたのに、結局自分は何も変わってはいないのだ。


 劉生は立ち上がり、戸を開けて部屋を出た。

 ヨロヨロと屋敷の廊下を歩き始める。


 別に囚人でも何でもないので戸には鍵は掛かっていない。

 とは言え──異質な環境の中に居ることには変わりない。とても、気軽に出歩いて良い場所でもなかった。

 強面の男たちが、徘徊する劉生のことをギロリと睨んで来た。一応客人扱いであるから、お咎めを受けることはないが──あまり歓迎はされていないようだ。

 ある意味、落ち込んでいたお陰で劉生はそんな冷ややかな視線にも気付かずに堂々と屋敷の中を歩いたものだ。


「よぉ。あんちゃん」

 声を掛けられて振り返ると──そこに助野が立っていた。

「どうしたぁ? なんだか浮かねぇ顔をしているが?」

 内心を見透かされた様に尋ねられた。


「あの……」

 劉生は俯いてしまう。

「助野さんは危険な体験ってしたことがありますか?」

 組長相手に失礼な問いかもしれなかったが、今の劉生には尺度を考える余裕もなかった。


 劉生からの質問の意図が分からずに、はじめ助野はキョトンとした顔になっていた。

「そりゃあ、おめぇ……こんな職業に身を投じているんだ。命に関わるような修羅場の一つや二つ、当然潜り抜けてきているってもんだぜ」

 馬鹿にするなとでも言いたげに、助野はフンッと鼻を鳴らす。


「そうですよね……」

 劉生も求めといた解答が返ってきたらしく頷いた。

「どうやったら、そういった修羅場を潜り抜けられますか?」

 誠に聞きたい質問がそれで、単なる前置きであった。

「やっつけたい相手が居るのに力が及ばないんです。本当に殺したい程に憎んで、すべてを失う覚悟でいったって勝てないんです。やらなきゃいけないのに……やりたいのに……どうやっても、敵わないんです」

 切なる気持ちを、劉生は打ち明けた。自分よりも経験豊富な助野だからこそ、答えをくれるのではないかと縋った。


「そうだなぁ……」と、助野は遠くを見詰めた。

「俺の経験談で言えば……誰かに助けを借りることだな」

「……えっ?」

 それは、劉生にとっては意外な言葉であった。

 自分の力が至らないのに、他人の力を借りる──?

 劉生は自身の耳を疑ったものである。


「自惚れるんじゃねぇよ」

 助野は優しく言った。

「てめぇ一人で解決できる力が、自分にあると思うな。てめぇの力が他人より勝っているなんて思うな」

「そんなつもりは……」

「だったら、手ぇ借りりゃあ、いいじゃねぇか」

 戸惑う劉生に、助野は笑い掛けた。

「成功ってぇのは、必ずしも自分一人で成し遂げられるものじゃねぇんだ。他人の力を借りて……誰かと一緒に苦難を乗り越えて……そして、その先に待っているのが成功って奴だ」

「そんなものなんですかね……」

「あぁ。意外とそんなもんだぜ」

 助野は言いつつ、外を見遣る。

「他人を利用する。大衆から評価される。有名になる。……関係値によるが、それだって他人の力を借りることと大差ねぇじゃねぇか」

 それは劉生の求めていた答えとは離れていたが──助野の言葉で劉生は桜花や黄昏の力を借りてしまったこと──自分が非力であったことを恥じた気持ちが少しは和らいだものである。

 自分一人でどうこうする方法を知りたかったが、助野はそれとは真逆の助言をしてくれた。

 意外にも、それは劉生の心に響いたのであった。

「おめぇが何を言って欲しいのか知らねぇが、周りに頼れるなら頼ればいいんじゃねぇか? そしてもしも、力を貸してもらえたのなら、そのお相手に感謝の気持ちでも伝えると良い。そうしていくことで、お前さんという人間が一つ、強くなっていくだろうさ」


 感謝を伝える──?

 劉生はハッとなった。

 確かに、抜けていたことである。自分のことばかりに目が向いて、実際は桜花や黄昏のことなど気にしてはいなかったのではないだろうか。

 相手の為を思っていたはずが、いつの間にかその大切な相手のことを見ていなかったことに気が付く。


 助野は思い詰めた様子の劉生を見て「まぁ」と、背を向けながら手を振った。

「俺も事情を深く知っているわけじゃねぇんだ。老人の戯言だと思って、軽く聞き流してくれや」

「いえ……ありがとうございます」

 劉生は深々と頭を下げたものである。助野のお陰で、この先に自分がやらなくてはならないことが分かった気がした。


 そんな、劉生を見て助野は笑う。

 まるで一皮剥けたかの様に、助野には劉生が少し大きく見えたものだ。


「親父!」

 廊下の先からサングラスの男がやって来て、助野に呼び掛けた。

「西角の飲み屋のことなんですが……」

 そこまで言って、サングラスの男は劉生の顔を見た。

 部外者には聞かれたくない話しの内容らしい。


 助野は歩き始めた。

「すまねぇな、あんちゃん。仕事のようだ。これ以上は、立ち話をしちゃいられねぇ」

「いえ。ありがとうございました」


 劉生は助野の背中を、再び深々と頭を下げて見送ったのであった。

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