ラのゴジュウ「姫野家の役割」

「……て、状況なんでさぁ、親父……」


 八百万九十九組のお屋敷に戻ったサングラスの男が、助野にそう事の顛末を説明する。

「親父に相談せず、逃してしもうて、すんまへん。頭に血がのぼってたんですわ」

 サングラスの男はペコリと頭を下げた。


 助野は黙ってサングラスの男の話に耳を傾けながら煙管に口を付けていた。

「なるほどねぇ……」

 煙を吐き、助野はサングラスの男の顔を見遣った。


 何か咎められるのではないかと、サングラスの男の背筋が伸びる。


「敵さんも、随分と厄介な真似をしてくれるものだ」

 助野は黄昏と劉生の顔を交互に見た。

 サングラスの男の説明に理解を示したらしく、お咎めはなしで話しを進めるつもりらしい。

「二人もなかなか大変な目にあったみてぇじゃねぇか。ご苦労だったなぁ」


「いえ、まぁ……」

 劉生は会釈を返した。

 劉生も酷くやられたものだが、ご自慢の回復能力によって傷痕は跡形もなく消え去っていた。

 実際のところ、劉生自身は殆ど何もしていないのだ。

 ただやられて気を失い、目覚めたら全ての事が終わっていた。

 一番の功労者は黄昏である。


「んで、親父……」

 サングラスの男が呼び掛け、劉生たちに向いた助野の視線を自分のところに戻させた。

「これからどないしまひょ? なんか、訳の分からんことばっかり起こって頭がついていかんわ」

「訳の分からん、ねぇ……」

 フーッと煙を吐きながら、助野はサングラスの男の言葉を繰り返した。

「……あぁ、もしかしたら、そうなのかもしれねぇ……」

 そして、何事かを思い立ったらしく呟いた。

「こりゃあ、一つの仮説なんだが。ひょっとすると、能力が関係しているのかもしれねぇ……」

「能力……でっかぁ?」

 助野の呟きに、サングラスの男は首を撚る。

「あぁ。夜がどうとか、言っとりはりましたなぁ……」

 時計に目をやり、思い出したかのようにサングラスの男は頷いた。


「そうだ。おめぇらには話していたはずだ。夜に訪れる不思議な世界……。此処は現実とは違う世界だってことはなぁ……」

「姫野家の世界ですね……」

 劉生は思わず呟いていた。

「ほぅ……」と、助野が唸る。

 鋭い眼光を劉生へと向けた。

「あんちゃん、事情に詳しいみてぇじゃねぇか……」

 劉生は視線を背けた。

 果たして、この場で姫野家の名前を勝手に出して良かったのか──?

 安易に名前を出すものではないと、劉生は言ってから後悔した。


 しかし、助野は対して気にしていない様子だ。

「この世界では能力を使えるんだ。特に、姫野家の人間の能力って奴は強力なのさ」

 そのまま話しを続けていた。


「はぁ……」と、サングラスの男は話しを聞きながら頷いた。

「んで、親父……それが、何か?」


「察しの悪ぃ奴だな!」

 サングラスの男の反応に、助野は眉根に皺を寄せる。

「おめぇが話していた《暗黒街の闇》の二人………もしかしたら、その能力によって操られていたんじゃねぇのか?」

「あ、操られていた? そんなことができるんでっか?」

 驚きの声を上げるサングラスの男に頷きながら助野は煙管に口をつける。

「あぁ、姫野の連中なら可能だろう。何たって奴らは、この世界では『人を統治する能力』っていうのを持っているんだ。例えば……俺らが『個々の能力』を持っているとして、姫野家の連中はそれを取り纏める『全体の能力』を持っているのさ」


「統治……取り纏め、ですか……」

 助野の説明を受けながら劉生は思い返していた。

 友人である姫野桜花は──その鋭い観察眼によって他人の能力を真似することが出来ていた。

 確かに、それを応用すればどうこうできそうである。


「随分と、この世界に詳しいようですね」

 そう言う助野は、何かと姫野家に精通している様であった。


 フッと、助野が口元を歪める。

「俺ぁなぁ……、今でこそ『助野』って姓を名乗っちゃいるが……旧姓は『姫野』ってぇんだ」

「あぁ、なるほど」

 劉生は頷いた。考えてみれば、有り得ない話ではない。


「母ちゃんの尻に敷かれてねぇ……。所謂、婿養子って奴になったわけよ」

 わざわざ自身の名を捨てて婿入りしたというのだから、余程の愛情と情熱があったのだろう。──もちろん、そうでなければ結婚などしないだろうが──。


「コホンッ!」

 助野は大きく咳払いを一つした。

 余り突かれたくない、助野にとって恥ずかしい話なのだろう。

 ズレかけた話題を元に戻した。

「つまり、俺が言いてぇのは……連中も、そうした姫野家の能力に当てられたってことなんじゃねぇか? だから、切り捨てられたらそれ以上はいくら叩いても何も出て来ねぇ。そんなところじゃねぇかな」

 助野の言う通りであれば、金髪の男もスキンヘッドの男もその裏に潜む《暗黒街の闇》の捨て駒に過ぎないということなのだろう──。


「せやったら、わいらはどうしたらいいんでっか!? その大元を見つけ出すなんて、そんなん、蜘蛛の糸を掴むみたいやないですか!」

「それに足を突っ込んでるのは、おめぇだろう? 今更、泣き言いってんじゃねぇよ」

「うぅ……」

 サングラスの男は肩を落としたものだ。

「親父やったら、何かしら助言をくれる思うたのに……」


「馬鹿野郎! 俺ぁは、魔法使いでも何でもねぇんだよ!」

 サングラスの男の期待は、助野にピシャリと突っ込まれて終わるのであった。

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