ラのヨンジュウキュウ「記憶に御座いません」

「うぅ……」

 そうこうしている内に、金髪の男の方も唸り声を上げながら目を覚ました。

「ひぃっ!?」

 そして、周囲の強面の男たちの姿を見て悲鳴を上げた。

「な、なんなんですか、あなたたちはっ!?」

 目の前で銃口を突き付けられているスキンヘッドの男を見て、金髪の男は酷く怯えた様子だ。


 演技か知らないが、スキンヘッドの男は口を割りそうにない。

「お前でええわ。暗黒街の闇のアジトを吐きやがれ!」

 サングラスの男は標的を金髪の男へと変え、その銃口を移したものである。


 口数の多い金髪の男の方が、何かしらの情報を吐きそうである。──サングラスの男はそう思ったようだが、どうやら宛が外れたらしい。

「あんこく……? なんですか、それ……?」

 スキンヘッドの男と同様である。

 金髪の男も、まるで記憶喪失にでもなったかの様に首を傾げ始めた。

「だいたい、なんで僕、こんなところに……?」

 まるで状況が分かっていないようである。


「なんで此処に居るのか、何も憶えてないの?」

 言葉のまま、黄昏は尋ねた。

「ええ。何なんですかあなた達……?」

 黄昏は注視しながら金髪の男の反応を見たが──とても嘘を言っている様には見えなかった。


「んなことが通るか!」

 思わずサングラスの男が声を上げる。

「おどれら、いい加減にせぇよ! 揃いも揃って都合良く『忘れました』だなんて、あるわけないやろ!」

 勢いのまま立ち上がったサングラスの男は拳銃の引き金を指で引いた。


──パーッン!

 乾いた音がして、銃弾が発射された。


 金髪の男の頬すれすれを銃弾が通る。

「ひぃぃぃいぃいっ!」

 金髪の男も悲鳴を上げるばかりである。

 それが演技であったのならたいしたものだが──恐怖の余り失禁までしてしまっている。


「……チッ!」

 これ以上、脅すことに何の意味があるだろうか。

 サングラスの男は銃を下ろすと舌打ちをした。

「他の連中とおんなじや。……まぁ、死体の処理がないだけ、ええとしようか……」

 これまでの暗黒街の闇の関係者は情報を聞き出そうとして自害したらしいが、スキンヘッドの男と金髪の男は記憶を失っただけで死のうとはしていない。


「あの、御手洗さん……。何でもいいんです。何か、憶えていることとかありませんか?」

 劉生は、以前路地裏でスキンヘッドの男がそう金髪の男から呼ばれていたことを思い出す。

 名を呼べば、もしかしたら何か引っ掛かることがあるかもしれない。

 そう思ったが──何故だかスキンヘッドの男はキョトンと目を丸くしたまま反応がない。

「御手洗さん?」

 劉生が再度呼び掛けると、スキンヘッドの男は視線で気が付いた様である。


「……御手洗? 僕?」

 そして、自身を指差して首を傾げた。

「いや……僕は山田太一ですけど……」

 スキンヘッドの男がそう答えると──サングラスの男の表情が険しくなる。

「あぁん? なんやと……?」

 サングラスの男の額に青筋が浮かぶ。

「おどれら、こいつを御手洗言うて、ウチの下のモン相手に暴れとったやないか! 今更、何言うとんねん!」

「いえ。そんなことありませんよ。僕、山田ですから……」

 熱く吠えるスキンヘッドの男に対して、スキンヘッドの男は冷静に手を振るって返した。


「なんやねんっ!」

 サングラスの男が足踏みをする。

 激しく動いて怒りを露わにした。

「どういうこっちゃ! 訳が分からんわっ!」

 苛立ってサングラスの男は自身の髪を掻き毟った。


「つまり……」

 このまま問答を続けていても埒が明かない。

 劉生が横から口を挟んだ。

「あなた達に『暗黒街の闇』の記憶はないってわけですか? この事務所を襲撃したことも、妹さんのこと……黄泉のことも、何も憶えていないと?」

「はぁ……それは……」

 金髪の男とスキンヘッドの男は困った様に顔を見合わせる。


「ほんなら、何も知らんってことやな!?」

 怒り心頭と言った様子のサングラスの男が、再び銃口を金髪の男とスキンヘッドの男へと向けた。

「知らんってことでええんやな? 素直に答えんと撃つでぇ!」


「は、はいっ!」

 二人は背筋を伸ばし、声を揃えて答えた。口裏を合わせている様子はない。これまでの二人の口振りからして、本当のことなのだろう。


「なら……いくらあなた達に聞いてみても、何も答えてはくれないってことか」

 残念そうに黄昏が言うと、二人は申し訳なさそうな顔になる。


「はい、すみません……」

 辿り着いた手掛かりを失って落胆した黄昏の顔を見て、金髪の男もスキンヘッドの男も申し訳なさそうになる。


「……チッ!」

 それまで冷静さを欠いていたサングラスの男であったが、ようやく落ち着きを取り戻した様である。

 銃を下ろすと、顎をシャクる。

「そんなら、さっさとここから消えろ。おどれらのような奴が足を踏み入れて良い場所とちゃうんやで!」

「はっ、はいっ! すみません、すみません、すみません……!」

 金髪の男とスキンヘッドの男は怯えてブルブルと体を震わせた。そして、ひたすらに謝りながらその場から逃げて行った。


「い、いんですか……?」

 強面の男の問い掛けに、サングラスの男は眉間に皺を寄せた。

「言い訳あるか! ただ、これ以上、あいつらを留めておっても、何も出ないんやろうが! 畜生めっ!」

 サングラスの男は吠え、やり場のない怒りを抑え切れずに壁を殴った。

 サングラスの男の拳から血が流れた──。


 そして、また手掛かりを失い──事態は振り出しに戻ってしまうのであった。

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