ソのジュウサン「目立つの娘」

 どんな学校生活が始まるのかと期待に胸を膨らませていたものだが──偏差値が余り高くないということもあって、授業風景は凄惨なものであった。

 黒板に向かって教師が板書をしているのを良いことに、中央後方の席に座る女子グループ数名がぺちゃくちゃとお喋りを始めた。無遠慮に、机まで近付けている。

 目に余る行為に思えたが──どうやら、この教室においてはこれが日常の光景であるらしい。誰も我関せずといったように女子たちを咎める者はおらず、無視をして前に向けていた。


「……でさ〜」

「ほんとぉ?」

「ギャハハ!」


 遠慮のない大きな笑い声が授業中の教室に響き渡る。


 さすがに気にはしているのか、板書をする教師のチョークの音に段々と力が込められていくのを感じた。

 恐らく、教師も授業妨害をされて、内心では相当に苛立っているのだろう。

──しかし、直接的に女子たちを注意する気はないらしい。振り向いた教師の眉間には明らかに皺が寄っていたが、女子たちを無視して何とか授業を進めようとしている。

「えー、次のページのこの問題だが……」

 教師が教卓に手をつき、教科書に視線を落とす。


「……マジ、バカじゃねーの」

 女子たちはまるで別世界に居るのであろう。教師の視線などお構いなしに、大声でキャッキャと騒いた。


 教卓の上で握った教師の拳がワナワナと震えた。──さすがに、我慢も限界といったところであろうか。


 牽制の意味合いもあったのだろう。教師は女子グループの一人を名指しして問題を出した。

「妃さん、次の問題を答えて下さい」

 妃と呼ばれた女生徒は座ったまま「は〜い!」と間の抜けた返事をすると手をあげた。

「わっかりませ〜ん」

 妃がポーズ付きでおちゃらけ答えると、女子グループたちから笑いが上がった。

──教師に対して完全に舐め切った態度であった。

 だが、教師もそれ以上言及することはしなかった。

「なら、良い。ちゃんと聞いておくように」と、やんわりと注意だけをする。

「はぁ〜い!」

 キャハハと、反省の色もなく妃が笑う。


 教師はそんな妃の態度を見て「ふぅ」と小さく溜め息を漏らしたものだ。

 怒りを通り越して、呆れが入っているように見えた。


「それじゃあ、姫野さんにお願いします。答えて下さい」


──姫野?

 その言葉を聞いた瞬間、劉生は思わずドキリとしてしまう。『呪われた姫野家』──お屋敷の前であった美しい女生徒の姿が頭に思い浮かんだものだ。

 ざっとこの教室の中を見回したが──あの子は居たのだろうか?

 そのことに、劉生は気付なかった。


「はい」


──しかし、それもそのはずである。

『姫野』と呼ばれて立ち上がったのは、例の顔に包帯を巻いたミイラ少女であったからだ。


「……あの子が……?」

 劉生は驚愕した。

 だが──何だか、自然とそれを受け入れることが出来た。あれが『姫野家の住民』──『姫野家の少女』なのだと──。


 教師に指名され、立ち上がった姫野は何の躊躇もなく口を開いたものである。

「さんえっくす、まいなすに、にじょうです」


 教師は目をパチクリ瞬いた。

「はい、正解です。ありがとうございます」

 そして、眉間に寄っていた皺がなくなりにんまりと表情が綻ぶ。

 求めていた答えが生徒の口から出てきて満足そうだ。日頃の勉強の成果が伺えるというものだ。


──だが、そんな姫野を妃は快く思わなかったようだ。

「はんっ! 何よ。お高く止まっちゃってさ」

 教室中に聞こえるような大きな声で、姫野の悪口を言い始めた。

 さすがにそれに関しては教師も見過ごすことが出来なかったらしい。横から口を挟んだものだ。

「そんなことはないでしょう。よく授業を聞いていれば分かる問題ですからね。答えられなかった人は、姫野さんを見習いなさい!」

 皮肉のつもりなのだろう。日頃から溜まっていた鬱憤が込められていたのかもしれない。

──教師は妃を見ながらそんなことを口にした。

 こんな反撃のチャンスなど二度とないだろう。教師としてはしてやったり──スッキリとした顔になっていた。


 しかし──その言葉がどれ程、妃の神経を逆撫でることになったのか計り知ることが出来ない。

 妃の顔が邪悪に歪んだ──。


『姫野を見習え』


 それは即ち、自分が姫野より劣っているということを意味している。


 妃は異常な程にプライドが高かった。

 そんなプライドの高い妃が姫野と比べられ、鼻っ柱を折られたのだ。自分が劣っていると公衆の面前で見せ付けられたことで、より激しく心の中で怒りが燃えたものだ。


 しかも、その怒りの矛先は端を発した教師ではなく──とばっちりで姫野へと向けられることになるのであった。


 険しい表情で、姫野の背中を睨む妃の姿を見ながら──劉生は転校早々、何やら不穏な気配を感じたのであった。

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