ソのジュウニ「新たなる場所にて」

「今日からこのクラスでお世話になります。劉生銀河です。よろしくお願いします!」

 新天地──新しい学校、新しいクラスで、新たな劉生の生活が始まる。

 先生に促されて教壇の前に立った劉生はお決まりの台詞を淡々と口にした。これまで、何度転校の挨拶をしただろうか。場慣れしたこともあり、クラスメイトたちの視線が一斉に向けられても、不思議と緊張することはなかった。


「へぇー、なかなか格好良いじゃん」

 女子の呟きが聞こえて来て、何だか気恥ずかしくなってしまう。さすがに、誰がそれを言ったかまで確認する気にはなれなかったが、好意的な印象を持たれたことで劉生は安心したものだ。

 受け入れてもらえず迫害でもされたらどうしようかと不安を抱いていただけに、嬉しい反応であった。


「私、タイプだわー」

「えー、じゃあ、デートでも誘ったらー」

 クスクスと、女子たちからやたらと恥ずかしい声が上がってくる。

 それはそれで違和感であった。ここまで恥じらいもなく歓迎を受けたことなど未だかつてなかったので逆に恐縮してしまう。

 もしかしたら、端から見れば劉生の顔は真っ赤に染まっていたかもしれない。堂々としていたかったが、予想にしていなかった黄色い声援を受けてなかなか顔を上げることができなかった。


「はいはい、それくらいで。みんな、仲良くしてやってくれな!」

 教師が手をあげて生徒たちを制するが、騒ぎはなかなか収まらなかった。興奮した生徒たちに声が通らぬと諦めた教師は、代わりに劉生の方に顔を向けて指示を送った。

「じゃあ、劉生君は後ろの空いている席に座ってくれ」

 そう言いながら教室の窓側最後尾の誰も座っていない席を指差す。

「あ……はい……」

 返事をして頷いた劉生の視線が──ふとその手前で止まってしまった。


 窓側から二番目──前から二番目の三番目の席に座っていた人物が──余りにも、特徴的な格好をしていて思わず視線がそちらに向いてしまった。


 そこに座っていたのは顔を黒ずんだ包帯でグルグル巻にした、まるでミイラのような風貌をした人物であった。しかも、セーラー服を着ていることからして、女生徒なのだろう。


 余りの驚きように劉生が静止していると、教師に横から声を掛けられる。

「授業を始めるから席に着いてくれ」

「あ、はい……」

 再度促され、劉生は我に返って頷いた。


 もしかしたら不慮の事故に巻き込まれて大怪我を負ってしまったのかもしれない。

 人の風体にとやかく言うつもりもないので、劉生は壇上からおりて自分の席へと向かった。

 自分に割り当てられた席へと向かっていると、すれ違いざまに自然とミイラ少女の机に目が行った。

 授業用に置かれた筆記用具や教科書以外にも、目に付くものがある。


──やたらとカラフルなマジックで、何やら書かれてあった。中には、刃物で直接机の上に彫られていたものまである。そして、それはとても気持ちの良いものではなかった。『死ね!』『消えろ』『気持ち悪いんだよ』など、軽く読めたものでも数々の誹謗中傷の言葉ばかりであった。


 劉生が面食らい、思わず立ち止まってしまった。

 気配を感じたミイラ少女が顔を上げ、ギラギラと探るような目を劉生へと向けてくる。


 劉生は何故だか、見てはいけないものを見てしまったような感覚に捕われてしまう。素知らぬ顔をして逃げる様に足を早めると、そそくさと指定された自分の席へと向かったのであった。

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