ソのジュウ「現れ出でたる」
バットを前に構えながら、劉生はゆっくりと音のする方に近付いて行った。
扉に張り付き、息を吐く。
物陰からゆっくりと顔だけを出して、廊下の先に目を向ける。
そして、劉生は思わず息を飲んだ。
ガサゴソと蠢く侵入者の姿を、劉生は視界に捉えたのであった。
そこ居たのは──車が行き交い高層ビルが建ち並ぶこの現代の時代には似つかわしくない存在であった。
甲冑を身に纏った鎧武者が、そこに立っていた。
「え……、なに?」
泥棒にしては動き難い奇抜なファッションをしている。そんな鎧武者が何故、家の中に居るのか、劉生は困惑するばかりである。
劉生の呟きが、鎧武者の耳にも届いたらしい。
それまで立ち尽くしていた鎧武者が、劉生の存在に気が付いて金属音を鳴らしながら動き始めた。
劉生は物陰に隠れ、必死に息を殺した。それでも、鎧武者は確実に劉生の位置を把握し、こちらに向かって歩いてきていた。
──こうなっては、隠れていたところで意味はない。
劉生は物陰から飛び出すと、バットを鎧武者に突き付けて叫んだ。
「貴方誰ですか!? 人の家の中で何をしているんですか! 警察を呼びますよ!」
──今更ながら、さっさと通報しておけば良かったと後悔したものである。
なんせ、鎧武者は劉生の問いには何も答えなかった。それどころか、腰に携えていた鞘から刀を引き抜いて構えてきたのである。
「ちょ、ちょっと!?」
パニックに陥った劉生に向かって、鎧武者は容赦なく方を振り下ろしてきた。
劉生は後方に跳んで、それを躱す。
空を切った鎧武者の刀はそのまま床板に突き刺さる。
──模造刀か本物の刀かは分からなかったが、なんにせよ相手は劉生に危害を加える気満々のようだ。
「なんだよ、コイツは!?」
劉生は恐怖心を抱き、鎧武者に背を向けて走り出した。
相手が体勢を立て直すまで黙って待ってやる謂れはないだろう。それこそ、今度こそ刀で切り殺されてしまうかもしれないのだから、さっさと逃げ出すのが賢明である。
──しかし、背後の鎧武者ばかりに気を取られていた劉生は、前方に立ち塞がった相手の気配に気が付くことが出来なかった。
余所見をしていた劉生は、目の前に現れた誰かと激しく衝突して勢いのまま床に転げてしまう。
全員を強く打ち、あちこちが痛んだ。
「いてて……」
痛みから顔を顰める。
そして、我に返って目を見開いた時、ぶつかった相手の姿が視界に写る。
──鎧武者だ。
新たな鎧武者の姿がそこにあった。
家の中に侵入していた鎧武者は一人ではなかった。
倒れている劉生に向かって、後を追ってきた鎧武者が刀を振り上げる。
慌ててその場から離れようとする劉生だが、上に乗った鎧武者のせいで身動きが取れない。
「ちょっと待ってくれ!」
劉生が懇願するも、鎧武者は聞く耳を持ってくれなかった。振り上げたその刀を無慈悲に振り下ろし、劉生の頭を切り落としたのである。
夥しい量の血の飛沫が、劉生の首元から体から噴き出した。
一瞬の出来事で、劉生も自身の身に何が起こったのか分からなかった。
不思議と、痛みはなかった。
床を転げながら、徐々に視界が真っ暗になっていき──やがて意識を失ったのであった。
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