ソのナナ「出会い」

 おばさんの背中を見送りながら劉生は首を傾げたものである。

 姫野家のお屋敷の周囲には竹林が広がっており、近くに民家はない。それなのに、あのおばさんは何処から来たのであろうか──?

 来た道を戻って行く後ろ姿が消えずに残っていることから妖や化け物の類いではないようだ。

 もしかしたら、姫野家の屋敷の方へ向かう劉生の姿をたまたま見掛け、着の身着のまま忠告をしにわざわざ追い掛けてきたのかもしれない。


 そう考えると、口は悪いがずいぶんと親切なおばあさんではないか──!


 そんなおばさんからも忌み嫌われる姫野家に対して、劉生は若干の哀れみを感じたものであった。


「相当に嫌われてるんだな。この家の人間は……」


 再度、外壁の落書きへと視線を向ける。改めて見ても変化などあるわけもなく、酷い内容だ。


「……豪に入れば郷に従え……ってところかな。わざわざ厄介事に首を突っ込むつもりもないし……帰るか」

 落書きに不快感を覚えつつも、別に姫野家の住人たちに肩入れするつもりもなかった。

──かと言って、姫野家の人々にバッシングを送る気にもなれない。


 傍観者となり、関わらないのが一番であろう。

 おばあさんの忠告を有り難く受け取り、トラブルに巻き込まれる前にその場を後にすることにする。それに、何時までも此処に居たところで用事がある訳でもないので意固地になって居座っていても仕方がないのである。


 お屋敷の前から立ち去ろうと振り向いた劉生の目に、道の先から新たにこちらに向かって歩いてくる人影が写った。

 腰まで伸ばした長い黒髪を揺らしながらセーラー服姿の女生徒がこちらに向かってやって来る。

 彫りが深く端正に造形された顔立ちはとても美しく、つい目が奪われてしまう。

 見惚れていると女生徒の方から劉生に近付いてきた。


「あ、あの……」

 女生徒は真っ直ぐに劉生を見詰めながら、何やら言いづらそうに声を掛けてきた。

「うえっ!?」

 話し掛けられるなどとは露にも思っていなかった劉生は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


 すると、女生徒は眉間に皺を寄せて、警戒するかのように体を強張らせてしまった。どうやら──当たり前であるが──好意的に、劉生に話し掛けてきたわけではないようだ。

 劉生は慌てて、女生徒の機嫌を損ねない様に取り繕ったものである。

「あぁ、ごめんなさい! 今日この町に引っ越したばかりで……この町のことが分からなくて……!」

 緊張のせいで言い訳もしどろもどろになってしまう。余計に怪しく見えてしまっていたことだろう。

 というか──劉生は、言いながら首を捻ったものだ。

 ──なんで、弁明しているのだろう?

 別に悪いことをしている訳じゃないのだから、堂々としていれば良いではないか。


 女生徒も劉生の言い訳などには興味がないようで、てんで聞いてなどいなかった。

 それどころか言いづらそうに「あの……ごめんなさい」と、恐る恐る口を挟んできた。

「入れないから、退いて貰えませんか?」


──女生徒にそう言われ、劉生はようやく自分がお屋敷の門の前を塞ぐ様に自分が立っていることに気が付いた。

「あ……あぁ、すみません……」

 ぴょんと横に跳ねて避け、道を開けると頭を下げた。


 申し訳なさそうな劉生に対して、女生徒は笑顔を浮かべたものだ。

「ありがとうございます」

 女生徒は深々と頭を下げると、そのまま門を開けて中へと入っていってしまった。

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