ソのロク「噂好きのおばさん」

「ちょいとアンタ……」

 背後から声を掛けられて、劉生は振り向いた。

 エプロン姿にサンダルを履いたおばさんが顔を顰めながら立っていた。

 まさか不審者にでも思われたんじゃないかと強張ったものだが──どうやらそうではないようだ。

 おばさんはジロジロと劉生の全身を舐め回すように視線を走らせ、好奇の目を向けてきたものである。

「アンタ、この町じゃ、見ない顔だねぇ? どこの子だい?」

 おばさんはパチクリと目を瞬かせながら尋ねてきた。

「えぇ……」

 高校生に対して『子』呼ばわりするおばさんに圧倒されつつも劉生は素直にその問いに答えたものである。

「今日、引っ越して来たんですよ。三丁目の、住宅地の方ですが……」

「あぁ」と、おばさんは少し視線を上に向けながら頷いた。頭の中に町の情景や地図を思い浮かべたらしく、劉生が説明すると納得したようだ。


「それなら……この町のことを知らないのも、仕方がないわねぇ……。あんなところから、わざわざこっちまで来るなんて……」

 勿論、事情は知っているが、おばさんに何を言われるか分かったものでないので黙っておくことにした。

「はぁ……」

「でもね……知らないからこそ、おばあさんが一つだけ、アンタに忠告しといてあげるわ」

 適当に相槌を打っていると、おばさんはキョロキョロと周囲を警戒するかのように視線を走らせた。そして誰の姿もないことを確認すると、口元に手を当てて声を潜めながら囁いてきたものだ。


「このお屋敷に住んでいる姫野家の人間には関わらないかとだね。じゃないと、きっとアンタも酷い仕打ちを受けることになるから……」

 まるでその名前を口にする行為自体が悍ましいことであるかのようにおばあさんは顔を引き攣らせていた。

「どうしてですか?」

 ──具体的な理由について、父から聞いていないことを思い出す。ついでとばかりに、劉生はおばさんに尋ねたものである。


「奴らはねぇ、呪われた血筋の人間なんだよ……」

 おばさんは言いながら声を震わせていた。

 それはまるで──恐怖し、嫌悪し、憤怒し、憎悪を抱き──様々な感情が渦巻いているかのようであった。


「姫野家の奴らは、関わった人間をみんな不幸にしてしまうのさ。アンタも……死にたくなければ此処には近付かないことだね」

 結局、具体的なことはおばさんも教えてはくれないようだ。そのことを考えたくもないのだろうか。

 ますます劉生は、その理由が気になった。


 単なる興味本位なのかもしれない──。

 ただ、父と同様、おばあさんや町の住民たちすら恐怖を抱くこの姫野家の住民についての関心はより強まったものである。


「いいかい? アンタも、すぐに此処から立ち去るんだよ。じゃないと、きっと、後悔することになるから……。いいね? 言ったからね!」

 おばあさんは釘を刺すように、劉生に言ったものである。


──ガサガサガサッ!

──ピィピィピィーッ!


 風が吹き、鳥たちが何やら不穏な気配を感じたように飛び立って行った。

 おばさんは何だか背筋がヒンヤリと冷たくなったらしく、ブルブルと震え始めた。

「と、兎に角……こんなところに、いつまでも居るもんじゃないよ!」

 おばさんは声を張り上げると、いそいそと道を走っていってしまった。

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