ソのヨン「失われし記憶の朧」

 引っ越し続きの劉生が学んだこと──。

 過ぎ去れば消えてしまい、二度と交わることはない。


──そう思って希薄な人生を送っていたのに、まさか二度も同じ地を踏む機会が訪れることになるなどとは劉生も考えてはいなかった。

 と言っても、この地に居た記憶は丸々ないのだから、当時の劉生に──幼少期の彼に出来ることもなかったはずである。


 町の中を歩くが、見知ったような場所はまるでなかった。ここを離れた歳月の間に町並みが変わってしまったのか──あるいは、単に自分の記憶が破壊されているだけなのか。

 劉生には判別が付かなかった。


「そう言えば……」と、町を歩きながら劉生の頭の中にとあることが思い浮かんだ。

──母の言葉である。

 記憶に蓋をした劉生には、この町に住んでいた頃の記憶はまるでない。ただ、よく母が昔の思い出話としてこの町のことについて語ってくれていた。


『貴方と気の合った良い子が居たんだけれどね……』


 残念そうに、時折母はそんなことを口にしていたものである。

 そう言われても劉生には記憶がないのだが、もしかしたらこの町で仲の良い友だちは居たのかもしれない。


 本当に記憶喪失であることが伺えたのが、父の口から『姫野家』という名が出てもイマイチピンと来なかったことである。

 そんなにも地域で有名なことであるのなら、当然幼少期の劉生の耳に入っていて、印象にも残っていそうなものであるが──それもまるでなかった。

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